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プロフィール

profile

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市議4期。南大内学区出身。京都府立大学卒業。市社会福祉協議会職員、福祉保育労専従役員、市会公営企業等予決算委員長など歴任。九条健康友の会顧問。現在、経済総務委員、後期高齢者広域連合議員、党南地区委員、南民主商工会顧問。

井上けんじ物語

キャッチャー

父の解雇…、中学・高校では野球ひとすじ!

幼い頃、日本共産党員だった父がレッドパージで国鉄を追われ、そして死去。母は体をこわしてまで働く。

「なぜ貧富の差があるのだろう」と胸にきざみながら、中学・高校では野球部で捕手一筋。弁論大会出場など生徒会活動も。



大学卒業後、福祉分野の仕事に就職

生活相談

「貧困をなくしたい」と大学では福祉を専攻。卒業後も福祉一筋。福祉労組の専従役員として福祉充実を掲げ、組合づくりのために全国各地を駆けまわる。



母の死…、苦労ばかりの人生で終わることのない世の中に!

走り回る

「寝ることだけが楽しみや」が口ぐせだった母の死…。苦労ばかりの人生で終わることのない世の中をつくろうと、困った人がいれば飛んで行く。

私の決意

いつでも、どこでも、どこへでも。人の役に立ちたい一心で自転車に乗りながら区内を駆けめぐってきました。くらし・福祉・環境を守り、くらしの願いを市政に生かします。

みんなで力を合わせて、くらしと平和を守りましょう。
安心してくらせる社会をつくりましょう。

超短縮版「井上けんじの生い立ちと信条」

南大内で生まれ、町内会の発達しているこの京都のまちで育った私は、小学生の頃から、例えば「町内で話し合い、その内容を学区で話し合い、また、その内容を区で話し、そして市で話す、そういう仕組みを作れば、市民ひとりひとりの声が、順々に代表を通じて市政に反映できるのではないか」などと考えたりしていました。「政治の主人公は市民だ」。これは今ももちろん替わりません。

私の生まれた年に父親が国鉄を解雇され、社会の「貧富の差」を縮めることが、幼少の頃からの目標になりました。これも今も変わりません。そこで、母子家庭奨学金を借りて、大学では福祉の道を選択。人のお役に立ちたい、社会に貢献したい、これもまた今も変わりません。むしろ今の仕事そのものです。福祉施設職員の労働組合の専従役員の仕事時代は、西日本一帯、府内一円、福祉の充実と組合づくりに走り回りました。現場主義はその当時からのものです。

社会主義というのは、むしろ個人の財産をみんなで殖やそうという運動であり目標です。狭い意味での財産などというより、お金の心配などしなくて安心して暮らせる社会といったほうが適切かも知れません。自民党や民主党に、本来のこういう意味での理想や目標があるでしょうか。天皇主権と戦争の時代が主権在民と平和に変わったように、世の中というのは、変わるときには変わると確信しています。どうぞあなたもご一緒に、この運動にご参加ください。


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