トップ > 我有り故に我思う トップ > 2020年09月

我有り故に我思う

「財政危機」ならぬ「地方自治の魂を失った京都市政の危機」

No.223

財政危機というより、自治体の魂を失った市政の現状こそが市政最大の危機
=京都市持続可能な行財政審議会=   2020/9/上旬   井上けんじ

はじめに

 今年2月議会で設置が議決された(我党は反対)、標記の審議会が発足し、7月2日、その第一回が開催された。その後8月17日に第2回が開かれている。市長の諮問を受け、来春、年度末の答申書発表に向け、計7回程の会合開催予定とのこと。何の権限があるのか、市民から選ばれた訳でもないのに、議論の経過を来年度予算にも生かす、との話である。来春完結を待ってからの評価では遅すぎるので、開催毎ではないにしても、折々、途中経過の段階ででも批判していかないと大変なことになる、との問題意識から、今の段階、その時々の段階ででの議論について感想を述べ、今後とも断続的にはなるが、追跡していきたい。
 本来なら全体像を見渡した上での系統的総合的な評価、感想ということになるはずだが、前述の通りの経過で答申は半年先になるし、また力量のこともあり、とりあえずは資料や議論の順番に感じたことを積み上げていきたい。この場合、本審議会での資料や討議内容を,箸掘↓△箸靴'19年度決算、及び7月15日付の9垪眄担当局長・都市経営戦略監発各局長等宛て「改革提案」依頼文、の三つを、私流に三位一体と称し、併せて見ていくこととしたい。但し、この方法では市の文書がベースになり市の方針の土俵の上での検討にしかならないから、感想の積み上げとはいえ、市の文書からはずれた記述に広がることもありうるし、またそういうことにもなっていかないと、批判が深まっていかない。
 ともあれ、少なくとも次の二点は今の段階ででも言える。
 一つは、国(地方政府という言葉もあるから政府=国とは言えないので、以下も国と呼ぶ)との関係についての言及が皆無。今日の地方財政危機については国の税財政と地方自治についての制度・政策抜きに語ることができないにも拘わらず、そのことに全く触れていないのは、端から、危機打開の根本的な要因分析と改善方向提示の見通しを欠いたものにしかならず、結局は迷走を繰り返した挙げ句、制度の縮小とサービス切り捨てに行き着くしかないであろう。
 二つには、累進性という発想が無く、所得に応じた負担、能力に応じた負担という考え方が欠落していることである。もっと言えば、例えば大都市特有の財政需要と言いながら、ではなぜ大都市では需要が大きいのか、誰が集積利益を得、誰が集積の不利益を被っているのか、そういう分析がない、と言うよりそもそも考えようともしない。私に言わせればまことに没階級的な、しかし逆に言えば大企業や高額所得者の所得を捕捉しないで見過ごしている、その利益を擁護していると言う意味では非常に階級的な立場に立っているとも言える。

行財政審議会=その1

 第1回市長挨拶や諮問書では、もうウンザリするほど10年一日の如く聞き飽きた言い方が繰り返されるのみである。曰く。市では構造的に財政基盤がぜい弱、市税収入が低く、徹底した行財政改革を断行、全国トップレベル、持続可能な行財政…云々。しかし市税収入が少なければ交付税がカバーするはずであるし、少ないこと自体、否定的なことでも何でもない。各自治体の特徴というか特性であって、だからこそ交付税制度がある。これが少ないと言うのなら、まず国の三位一体改革への総括が要る。当時私は、税源移譲だけでは都市間格差縮小には至らず、むしろ交付税制度の調整機能をもっと生かすべきだと主張してきたが、全国的に及び当時の本市幹部も税源移譲に傾き、結果、委譲自体の成果もほとんど得られない上に交付税もまた削られるという結果に終わり、今日に尾を引いている。交付税改善への大運動を、全国の各自治体の団結促進の立場から呼びかけるべきだと考えるが、一方で、補助金化や誘導策・トップランナー方式への無批判的追随等、交付税の変質に付き合っており、全然首尾一貫しない。脇が甘いままでは運動も何もない。一人当たり市民税が大阪より少ないとよく強調されるが、個人市民税は京都の方が多く、法人市民税が多い為に大阪が高いだけである。これは工場事業所等数が圧倒的に違うから違うだけのことであって、それぞれの都市の特徴を示しているに過ぎない。学生が多いから等の「理由」は、税金を納めないのに上下水道や市の道路を利用していると言いたいのかどうか、将来を背負う学生のことを言うなら、前述「階級性」で触れたように大企業にこそそういうことを言うべきなのである。
交付税については、京都は大都市を自認して不交付団体を目指すのか、それとも不足分を交付税制度の充実に依るのか、どういう都市像を目指すのかの展望ががハッキリしないから、一方で交付税が足りないと順当なことを言いながら他方では市税が脆弱だと嘆いているのである。交付税自体が自治体の財源自主権を奪っている裏返しの制度であり、本来、国と自治体の事務と財源配分の比率の不均衡是正が目標であって、交付税に依らない自治体が本来であるとの議論があることは承知であるが、私は、現時点では「不足分充実派」である。市税増に応じた制度上の交付税減額なのか、それ以上、だとすればどれ位以上の不当な減なのか、その分析さえ本市では明らかでない。交付税に占める臨時財政対策債返済分や公債費分が増えておりネットの交付税はどんどん少なくなっていくが、そういう点への批判的言及も市長からは全く聞かれない。「ぜい弱」の客観的科学的説得的根拠と京都の将来像が不明確なまま議論が始められようとしている。
 一方、基金の取崩し自体は事実だから、「歳出に見合う歳入が不足」というのは、その限りでは事実だろう。しかし歳出と歳入の話をするとすれば、そもそも財政は「量出制入」が原則なのに、何故今日の自治体では「量入制出」(維新や京都党の言う「歳入の範囲での歳出」)に追い込まれるのかの要因分析が欠かせない。結論は、前述の通り国との関係をここでも論じない訳にいかないが、そんな原則論は抜きにしたとしても、歳入が不足というのなら、やはりその段階での原因分析が不可欠である。私は5月議会で、国の大手減税政策や、累進性という税の一大原則への国・市揃っての軽視が、税収減の大きな要因であると指摘したが、そのことへの批判があるなら、その根拠ぐらいは示すべきである。少なくとも検討ぐらいはしてみるべきである。理想論であって現実的ではない、というのならそれはそれで次の議論もありうるが、全くそういうそぶりも皆無である。要するに自治体の魂を失った国追随の姿勢が根底にあるからであろうと思われる。審議会委員の先生の意見には全く忠実に資料等を提供しながら、住民の代表である議員のしかも本会議での質問を無視している限り、私に言わせれば「財政危機」などとは市民に言うべきでない。勢い余って私も率直に言うが、そもそも議会にはない、まして市民にはない予算編成権を唯一持っている者が、その持っていない者、特に市民に対して「財政危機」などと言うのは、自らの予算編成力が問われているということではなかろうか。賛成してきたという意味では議会の賛成派には市長ほどではないかも知れないが責任はあるが、市民には全くない。市民からすればこれは泣き言か言い訳か弁解か居直りか、はたまた責任転嫁とも言うべきなのか。
 ただ私は、この点に関し、財政が「危機」なのは私も分かる、しかしトップがそう言い得るのは、その危機の根源を指摘しそこに迫るアクションを起こすときだけだ、逆に言えば、そういう運動に力を注がれるならば、今すぐお金が無くとも私は理解しますよと、5月質問では意を払ったつもりである。そこの機微をご理解頂いているのかいないのか、アクションや運動のアの字も「う」の字もサッパリ見えてこない。国の「く」の字も、僅かに「交付税増やせ」と言われる時に辛うじて聞こえてくるのみである。かくなるうえは、私も、結局「財政危機」は市民へのサービス切捨と負担増と職員削減、民間化への口実なのか、と思わないわけにいかないのである。

行財政担当局長・都市経営戦略監発各局長等宛て「改革提案」依頼文

 未だ会合が始まりかけている段階なので、,砲弔い討郎8紂⊇腓法検討していく。そこで、それはそれでとりあえず完結しているの依頼文を、次に取り上げてみたい。は7/15付、a「財政危機」の現状を全職員の共通認識に、b「改革」の提案を、との二項目を「依頼」している体裁になっているが、実質的には相当厳しい「改革」を呼びかけるものとなっている。勿論、ここで言う「改革」とは、私にとっては「改悪」という意味であるが。まずそもそも勘違いをしているのではないか。自治体の仕事は住民福祉の向上である、しかし財政が厳しい折、「改革」が必要である、云々、なら未だ話は分かるが、その前提が欠落している。文字通り切り捨て一辺倒の事実上の押しつけ文書となっている。
 各論的に見ていく。
1、宛先の中に、各局長と混じって市会事務局の長も含まれているが、周知の 通り、市会事務局職員は、長以下、「議長がこれを任免する」(自治法第  138条)のであって、自治体の一機関の職員であり、従って「職員は、…長 がこれを任免する」(同172条)ことはその通りだとしても、これは、後者 の「一般法」に対して前者の「特別法」と読むことができる。実際の運用は ともかくとしても、機能上は執行機関とは別の、「議会チーム」の一員なの である。執行部が「削減項目を探せ」と市長部局の各局長に言うのは、言う こと自体は勝手だが、この時点では未だ議会は何らかの意思表示もしていな い。仮に財政危機だとの認識であったとしても、では、その元凶である国へ の改善要望項目を挙げて下さい、との依頼等もありうるし、いずれにせよ議 会は議会でむしろ執行部へのチェック等、機能を異にする機関なのである。 議会事務局の長様というのは、明らかに越権行為であると言わなければなら ない。
2、本文とも関係するが、表紙からしても、「交付税の減」「平成初期の借  金」「人口減少」等と、今日の交付税減の契機ともなった三位一体改革への 市の応援の経過や、借金についての総括も責任の所在も不明確なままで、前 二者については自然現象の如くである。今日の税収のキモは何よりも累進性 の度合いであって、その緩和への批判的視点を欠いた人口減云々の議論は、 コトの本質をそらすものでしかない。
3、表紙裏の図も、分かり易くとの意図は分かるが、見方によっては総計予算 主義の大原則からの逸脱ともいえ、結局は(D)を如何に削るか=課題3や(F) を増やす為に市の財産売却等への誘導となっている。
4、P3では、市民1人当たり税収が少ないと、恣意的に「五大都市」の9割 なる数字を出して423億円少ない等と書いているが、一昨年決算資料(参考 データ集)では、「指定都市平均の95%(11,000円少ない)」で156億円少 ないとなっている。比較の対象をどの都市に設定するかは様々な視点があり うるが、違いがあるのは各都市の特性であり、多い都市との比較で差がある というなら、どんな指標ででもすべて京都が全国一にならない限り「少な  い」ことはいくらでもありうるのである。言うに事欠いて、その差に人口  147万を掛けて423億と言ってみたところで、これは何の意味も無い数字であ り算数の遊びに過ぎない。交付税依存度が高いと嘆いているが、上の如く市 税が少ないのであれば、高いのは当然である。高いのが問題なのか、減らさ れているのが問題なのか、それとも大学生や高齢者を減らせ、非木造家屋を 増やせと言いたいのか、危機感を煽るのが意図なのか、焦点がハッキリしな い。国予算の影響を受けやすいというなら、市民税でも国庫補助金でも同様 である。
5、P4では「民間活力導入」とのことだが、これは今や本市にとって、人件 費抑制の為というより、そのこと自体が自己目的化している積極的基本政策 の一つとなっている。今や民間企業にとっては「そうだ、京都市へ仕事をと りに行こう」となり市長から言えば「大手民間に事業機会の提供拡大を」と いうことになっている。人件費が、職員の対市民サービス向上の反映であ  り、住民福祉増進の物質的裏付けとなっているならば、むしろそのこと自体 を評価すべきなのである。平成初期に大規模投資と言うならば、市内高速道 路はどうなのか。「今や当たり前」になっているわけでもないし、「市民生 活に不可欠」というわけでもない。ましてその後、当時は「戻ってくる」と 強弁していた出資金をいとも簡単に放棄してしまったのは一体誰なのか。放 漫財政の一方でいくら「危機」を強調しても穴の空いたバケツに水が溜まら ないと嘆いているようなものである。結局は「危機」演出で、結論は後述の 「財源創出の切り口」への誘導なのか。
6、P5の【現状2,3】は、市の幹部なら既に知っていることを殊更に書き 並べているだけで、危機感を煽る意図以外の何物でもない。そういう事態を 招いてきたのは一体誰なのか。やむなく取り崩してきたのであって誰の責任 でもないと言うのなら、私は何度も繰り返すが、そういう事態に追い込んで きた責任者に「出てこい」という分析とアクションが要るのである。
7、P6〜7は、語るに落ちるというが如くであって、P7【厳しい見通し4】 の表など結局はP11の「切り口」への予告となっているだけである。そもそ もどんな借金でも、ある時払いは親しい友人間だけの話であって、据置期間 や一回当たり返済額、返済期間等々が約束されているのは当たり前の話では ないか。いつ頃になればどれ位の返済原資が必要か、そんなことはハナから 分かってきたはずの話ではないのか。償還財源の国の措置についての動向等 も公債費原資を左右する要因だと思われるが、では協議の様子はどうだった のか、国の責任への言及はどうか。話の飛躍と言われるかも知れないが、そ もそも公債の引受先がかつての公的融資機関から今や民間金融機関や投資家 に移り、その利子だけでも累計すれば相当な額に及ぶ。私は常々、市民税等 における累進性強化・実質公平を強調しているが、もっと言えば、こういう 公的金融のあり方や、その発行をめぐる国との関係・権限・財政措置等々の あり方についても、分析と研究が要ると思われるが、目下のところ、力及ば ず他日を期したい。
8、P8は、いよいよ「切り口」への助走であり、また主語抜きの「担税力強 化」の強調によって所得格差を曖昧にし、結局は大手軽課、庶民重課、累進 性緩和へと誘導しようとするものである。「財源創出の切り口」こそは、こ の「依頼」のキモであり、「リストラ例示集」ともいうべき代物である。冒 頭で「大変なことに」と書いたが、こんな「切り口」が具体化されれば、公 共料金の値上げや制度の縮小・廃止、市民サービスの切り捨てがどんどん進 められてしまうことになるであろう。正に「財政危機」の殺し文句は、自治 体リストラの「打ちでの小槌」と化すのである。市長への説明云々は、正に 部下から首長へのリストラ進言の「出師の表」とも言うべき代物であるが、 元はといえば、市長がトップダウンで公務の民間化や人員削減等を進めてき たのではなかったか。今日の「財政危機」を招いた責任者本人に一体何を  「説明」すると言うのか。市挙げての「切り口」具体化大作戦会議になるの か、それとも部下からの切り捨て提案を、市長の思し召しが待ったをかけた と宣伝するのか、いずれにせよ、財政民主主義の立場から言えば、この間  の、各局長からの、依頼への応答内容や過程も含め、スッカリ市民的にも明 らかにすべきである。

2019年度決算概況

 近日、前年度決算資料が明らかになるが、9月初旬の段階では8/5付「概況について」のみである。資料全体を見ると却って手に余るので、今のうちに、文字通り「概況」のみのとりあえず第一次感想としたい。
 「引き続き厳しい」はもう聞き飽きた。最初から赤字の予算とか赤字決算、或いは財源枯渇で予算が組めないとかではなく、議決を得た予算が予定通り執行されたのであるから、それをもって厳しいと言うのなら、その「厳しい」は既に予算の段階で「厳しい」ハズであり今になって厳しくなった訳ではない。この点で、対前年度比と対予算比が混在した説明になっている為に、余計に分かりにくくなっている。災害復旧等の為に年度内に臨時の予算が必要になったなのなら、P3の表などは、補正も含めた予算として決算との比較とすべきである。確かに枯渇したり必要償還額を賄えない程の基金取崩での財源確保は正常ではない。ではしかし必要な支出だからこそ取崩してでも財源を確保しなければならない現状だとすれば、そういう「厳しさ」の要因分析が不可欠である。災害復旧費用の負担区分はどうなのか、市民税増加というなら、所得階層別のデータが必要である。増収の内訳として庶民や中小企業からなのか高額所得者や大企業からなのか、その特徴を見なければならない。市民税増えたと言ってもどういう階層で増えたのか、そこが不明なら分析のしようがない。
 とはいえ、決算の要諦は市民の暮らしをどう守り向上を図ってきたのか、である。「概要」では、相変わらず「日本一」と臆面もなく自画自賛するが、保育の到達は民主市政時代からの遺産をむしろ後退させている過程にある。茶道華道も文化ではあるが、子どもたちにとってはそれだけではない。「新たなビジネス」の強調は毎年のことだが、その一方で既存零細中小の倒産廃業の実態には目を塞ぐ、というより実際は自然淘汰を「静観」し、敢えて支援すべき対象として位置付けているようには思えない。環境政策に至っては市民負担を「学習施設」に充てて自慢している有様である。安心安全といながら、鴨東線第3工区や両新幹線を推進、無謀な油小路地下バイパスにも固執しており、言うまでもなくこれらの事業推進こそが「財政厳しい」の一因となっている。

行財政審議会=その2

 9月初旬現在での審議会開催は前述の二回だけだが、とはいえ、この二回での市提出の資料や各委員の発言などから基本的な方向は既に明らかである。「財政危機」を「証明」する諸資料の提出と、それを受けて、ほぼ、市民サービスのどこをどう削るかばかりの議論が続いている。曰く「国民健康保険、福祉乗車証、敬老乗車証、老人医療、保育所等運営費助成、保育料軽減、保育士加配、学童保育利用料軽減、障害児保育、学童う歯、子ども医療費、市営住宅管理運営、公営企業への操出、…」等々が「市独自の、任意の事業」として、見直すべき対象として挙げられている。市独自の事業を見直し、国の言う事業だけを実施しているなら最早それは地方自治体ではなく国の下請けであり国の出張所でしかない戦前のような「自治体」になってしまう。審議会での議論の「成果」を来年度予算案にも反映させるとされている。この秋の来年度予算案作成編成作業が、本審議会開催と併行して進められるところから、今のペースで言えば、削減と切捨てと値上げ、民間化の予算となることは必至である。予算案や答申が出された段階での運動は遅いとさえ言える。前述「依頼文」での「切り口」とほぼ同じ項目が、審議会でも「市の任意事業」として掲げられ、「義務付けのない歳出等の点検」として資料提出されている。これらを受けて委員が、例えば「他都市平均までは水準を下げる検討を」「財源が不足している以上、独自事業の水準を下げざるを得ない」などと掛け合いよろしく相呼応している有様である。以下、何点か、分析を要する項目についてみてみたい。
1、財政が厳しい状況に至った要因として、過去の市債発行の償還や交付税の 減少等を挙げているが、前者については、その発行が何に使われたのかの分 析や、償還にあたっての国の交付税措置の程度や割合、当時の国との協議の 経過等がもっと明らかにされなければならない。高速道路や出資金債権の放 棄については全く何も触れられていない。後者については、前述の通り小泉 内閣当時の三位一体の総括が要る。大都市でありながら税収が他の政令市等 との比較で必ずしも多くないとの要因分析や打開方向探求は課題ではあろう が、現実問題として多くないからこそ交付税の対象になるべきなのである。 ならばその減額については、他の多くの自治体にも呼びかけて団結を促進  し、必要額の確保運動にもっと力を注ぐべきなのである。それを、「交付税 に依存している」と嘆いてみたり、ましてトップランナー方式等に迎合する 等々、腰が座らない。
2、公営企業や国保への繰り出しについても、基準内操出、即ち国の手当のあ るものとそうでないものとの区別・分類をしたうえで議論すべきであるし、 また福祉関連経費についても、一般に予算書決算書では、その財源内訳を、 直接その項目では明らかにしないで支出額だけを示しているところから、そ の分析抜きにお金がかかるかからないの議論は妥当性を欠く。私は、その内 訳として本市独自の支出があってもそれこそが地方自治の地方自治たる所以 だと考える立場であるが、その是非を議論するためにも、まず内訳等の分析 が要るのである。加えて、本市負担分であっても、制度によっては交付税措 置されているものもあるから、その詳細を明らかにすることも必要である。 更に言えば、その交付税自体、臨時財政対策債や市債の償還分が含まれてい るから、ネットの交付税は少なくなっているはずである。この点についても 市は資料作成・公表をして議論の材料とすべきである。
3、歳出抑制に工夫の余地はないか、多額の公費を投入、従来から見直しの必 要性が指摘されてきた、等々、の切り口で「本市で実施している主な事業」 の一覧に至っては、私なりに二通りの感想の角度がありうる。一つは、本  質、特に国との関係を欠いた議論は、結局は迷路に迷い込むしかないという こと。二つには、「結局」ではなくハナから予定通りのリストラ計画リス  ト、ここへ誘導するためのこれまでの議論であったということ。根回しが行 き届いているのか、それとも人選の段階でさもありなんということだったの か、市の思惑と先生方のご発言の大勢は見事に噛み合って、早くも第二回目 で今後の道筋がハッキリと見えてきた。かくなる上は、最早、見直すべきは 「本市事業」ではなく、本審議会の存在自体ではなかろうか、と言える段階 に至っているのではないか。

ではどうするか

 冒頭記述の通り、まとまった評価までは力が及ばないので、今後もその都度の感想羅列にしかならないが、当面、今の段階での対案の案を何点か挙げてみたい。
 本来ならというか、そういうあり方も有り得るのではないかという意味で思うことは、こういう審議会の設置・開催にあたり(前述の通り、ウチは設置案に反対したが)、例えば、今の自分の立場がそう言う候補の一角だからそう言う訳では決してないが、議会の代表、当該委員会の代表、各会派の代表を委員にする(例えば自治体によっては国保運営協議会に議会代表が入っている場合もある)、或いは審議会と議会当該委員会との意見交換の機会を持つといった案はどうであろうか。また、勿論、六団体の一員としてまたは独自に、本市も国への要望にも取り組んでいることでもあり(この点に関し、委員会での「審議会はなぜ国との関係を問題にしないのか」との委員の質問に、市は「独自の政府要望はやっており、その上で市の財政プロパーの歳入歳出議論をお願いしている」との趣旨を答弁している)、この際、議会(委員会)としても対政府要望(この場合は一致できる項目に限られるが)に取り組むという案は如何であろうか。更にこれは会派の独自問題であるが、党議員団としても、この際、対政府要望に取り組むのも一案ではなかろうか。前者の場合は、当面「交付税増額」あたりなら一致できるのではないかと思われるが、後者の場合は、今後本格的な「自治体財政危機打開の為の対国要求」を整理していく作業も求められる。その予備的作業でもあり、また何よりも、今回の市の三位一体方針への建設的批判の為にも、対案の提示が課題となる。以下、いくつかの項目を挙げる。勿論それだけでは画竜点睛を欠くことになるから、後段では市長宛要求項目案も当然考えてみる。

1、対国要求の骨子案
(1)自治体財政に直接関連する範囲での税財政の改革を
 −1、法人税率の引き上げ、大企業への租税特別措置の見直し
 −2、地方法人税国税化の撤回、法人住民税への復活
 −3、自治体の課税自主権拡大を、当面、住民税所得割率の複数税率の設定   を
 −4、大都市財政需要に見合う基準財政需要額の算定、交付税の必要額の交   付
 −5、超過負担の解消を
 −6、国庫補助負担金については、補助率の引き上げ、及び事業実施の判断   の自治体の意向と裁量を尊重し国の政策押しつけや誘導をやめること
(2)国の税財政政策に関して
 −1、地方創生臨時交付金の増額と使途の自治体自由化
 −2、持続化給付金や雇用調整助成金等の拡充、要件緩和と対象拡大、申請   期日の延長   を
 −3、
(略)
2、対市長要求の骨子案
(1)「国の財政大変」論を克服し、軍事費削減、政党助成金廃止、大企業・  富裕層減税の見直し等を求めること
(2)地方税法等の改正をはじめ、自治体の税財政自主権の拡大を、全国の自  治体にも呼びかけて国に求めること
(3)国の税財政政策が自治体の税収減に連動している点について、研究と分  析を深めること、その為の仕組みと体制を設けること
(4)国の大企業減税、租税特別措置の、地方自治体の法人市民税収入への影  響について調査研究を深めること
(5)応益負担・累進性の原則を、国に求めるとともに本市でも貫くこと
(6)個人市民税所得割の税率の多段階累進性の復活を国求めるとともに、市  としてもその場合の税収の変化などの試算を深めること
(7)税源移譲や地方交付税改善要求の設定にあたっては、全国の自治体の団  結が促進される方向でのアプローチとすること
(8)立地助成制度から大企業を除外するとともに、ケースによって開発負担  金や協力金、原因者負担の原則や制度について研究すること
(9)鴨東線第3工区拡幅工事の中止や油小路通地下バイパス計画の撤回等、  大型事業を見直すこと
(10)市内高速道路油小路線と名神高速道路を結ぶジャンクション計画は撤回  すること
(11)リニア・北陸各新幹線計画の撤回を各実施主体や関係各機関等に求める  とともに、本市においても誘致活動をやめること
(12)議員歳費とともに、市長の歳費や退職金を見直すこと
(13)

つづき

財政危機というより、自治体の魂を失った門川市政の現状こそが市政最大の危機(2)

=京都市持続可能な行財政審議会=      2020/9/下旬
  
  感想を考えたり書いたりしているうちに、猛スピードで事態が進行している。前回は、〇垤垪眄審議会での資料や討議内容、'19年度決算、及び7月15日付の9垪眄担当局長・都市経営戦略監発各局長等宛て「改革提案」依頼文、の三つを、私流に三位一体と称し、特にその時点で一応完結していた(しかしこれもその後、第二次の依頼とか、各局からどんな提案があったのか等々、今後も注視は必要)について、その感想を書いた。△癲∩芦鷸点では概要だけだったが、今日、その全体像が提案されている。,倭苅群麝縦蠅里Δ疎茖害鵑泙燃催されたが、ほぼ、その全貌というか狙いというか、本質は明らかになってきたと思える。財政危機だから、国基準や他都市平均を超える施策を見直していかなければならないといった議論が続けられているが、私の感想のポイントは、最初からそういう方向へ議論を誘導するためのシナリオが書かれ、実際、その通リに進行している、だから危機は理由ではなく口実だと理解した方がその本質がより見えてくるのではないか、という点である。この点は以下でも触れる。引き続き第4回以降を注視していきたいが、とりあえず今回は、市議会決算委員会での予習も兼ねて、△鮹羶瓦帽佑┐討澆燭ぁ

 「決算実績報告書」等の資料によると、まず大きな特徴として、日本一とか全国トップ水準等、自己顕示の一方で、引き続きというか相も変わらずというか「財政危機」が強調され、「構造的に財政基盤が脆弱、公債償還基金枯渇の恐れ(ママ)」等とも書かれている。「個人市民税は増加したが地方交付税が減額」が同年度の特徴として挙げられているが、行き着く先は「市民の豊かさを税収増につなげ…更なる成長発展の原動力」と実感の湧かない話であったり、結局は「財政危機なので行財政改革を徹底」とこれもいつも聞く話に落ち着くしかない。学校の統合や新景観政策、南部クリーンセンターでの「学習施設」、民営化と人員削減推進等を肯定的な成果として施策推進実績に挙げている問題等についても批判的考察が必要であるが、以下、特に財政の問題に絞り、何点か、検討してみる。

1、そもそも予算編成権を唯一持っている市長が、持っていない市民に対して 「危機」を強調するのは如何なものか。市民にすれば、「ではどうしろと言 うのか、あなたの編成力はどうなのか、何が危機の原因で、その打開の為に どういう展望をあなたは持っているのか。結局は我慢してねということか  等、逆にお聞きしたい」ということではないのか。行財政審議会では、その 「危機」を「証明」する資料造りに、職員の膨大なエネルギーが費やされて いるが、その資料の分析等については、今後,紡个垢覺響曚箸靴胴討魏め たい。

2、市民税が増えたとのことだがその内訳はどうか。個人市民税の所得割につ いては、どのあたりの所得階層で増えているのかとの分析が不可欠である。 それは市民生活の現状を明らかにする為にも、また今後の税金の在り方を考 えていく為にも必要である。低所得階層で増えているならある意味喜ばしい ことであるし、高額所得階層でなら格差の一層の拡大傾向ともいえる。周知 の通り、過去、課税所得毎の税率による累進制が採られていたが、小泉内閣 時代の「三位一体改革」のどさくさにまぎれ、地方税法によって(こんな法 律の少なくともこの部分の規定は、私は自治権の侵害と思っているが)、所 得無関係の一律フラットの税率とされてしまい今日に至っている。所得税か ら住民税への税源移譲の問題と税率とは全く別の問題であって、せめて三段 階の累進制を維持したままでの移譲も十分可能であったハズである。法律の ことでもあり確かに累進制復活への道は単純ではないと私も認識している  が、市の姿勢はそんな議論以前に、まずその考えすらないという段階だか  ら、先が思いやられるというか、病膏肓に至るといった現状なのである。

3、ともあれ、市長は、「危機」を強調するのなら、その打開策の一環として 累進制復活、高額所得層の所得の捕捉を考えるべきだと思うが、現状では全 くその意向は感じられない。5月の私の質問にも全く無反応であった。私  が、市長や市幹部の危機打開への熱心さについて疑問を感じ、その疑問を解 く為に遡及して考えるに、ではそれは「危機」への危機感がそこまで切迫し ているわけではないのか、と思ってしまうのは、こういう経過の所以なので ある。
  ちなみに、私のラフな試算では、仮に課税所得700万超階層の市民税所得 割率を以前のように+2%とするだけで、約82億円の増収が得られる。資料 の不足と私の数学能力の故に数字は覚束ないが、この点は、是非、市自身が 正確な数字を示して反論願いたい。

4、交付税についても、減った内訳分析が要る。税収が増えたから、制度によ りその分が減ったのか、それ以上に減らされているのか。この点も詳細は不 明である。対前年比市税138億円増に対し、地方交付税+臨時財政対策債119 億減との数字だけから言えば、少なくとも対前年比に限っては、それ以上減 らされている、とは言い難い。中長期的な話だと言うのなら、経年的にそう 言う数字も明らかにして、制度により減った分については交付税自体への批 判が要るし、それ以上に減ったのならその数字も明らかにして国への運動の 論拠としなければならない。そもそも各地方自治体の必要額合計よりも、そ の為の原資の方が少ないというところに交付税制度の根本的な矛盾があるこ とは周知の通りで、従って私は、自分の自治体にとっての必要額確保との要 求ではなしに、全国の自治体が団結しうる要求設定が必要だと考えている。 つまり上の矛盾自体を衝く論戦が要るのである(「自主財源」重視、或いは 税源委譲重視の考えからすれば交付税縮小論となるであろうが、私は不均等 発展の資本主義経済の元では、財政調整機能は十分な意義を持つと考える立 場である。ともあれ目下の現状は、調整機能も保障機能も国が果たしていな いことこそが問題の所在であって、この点が現下の争点であると思ってい  る)。
  交付税増を国に求める場合も、そういう数字や分析、論点の整理が当然前 提になるのではないか。加えて、交付税の根拠となる基準財政需要額が見込 みを大幅に下回ったなら、その算定の根拠や数字の積算等の批判的分析が必 要である。超過負担といえば、通常は国庫補助負担金における問題である  が、これを広義に、国の地方への財源不足と捉えれば、この実態がもっと明 らかにされなければならない。
  またそもそも需要額・収入額計算の基礎となっている「標準団体」の「標 準」自体への批判が要ると思われる。また交付税の中には、過去の臨時財政 対策債の償還分が含まれているから、それだけ自由に使えるハズのネットの 交付税が減らされていることになり、こういう点も、臨財債廃止要求の根拠 に挙げていくべきだと思う。
  更に言えば、市は、交付税が減ったと言いながら、一方では「他都市に比 べ交付税…に大きく依存」(決算参考データ集)等と、嘆いているのか財政 危機を殊更に強調したいのか、いずれにせよ交付税「依存」を否定的に捉え ているような言い方もしている(私は、交付税は、調整の為に一旦国の財布 を経過するだけで、元々地方自治体固有の財源であり、その意味で自主財源 とも言い得ると一人勝手に思っているが、通説は、という より大勢は、国 税として徴収されていることや、限定とはいえ税率伸縮可能な地方税と は 異なること等を根拠として依存財源とされている。ともあれ、交付税算定に 当たり、自治体の参加が保障される仕組みになっていないことが、増々「依 存」の度合いを深めてしまっており、実践的手続き的には、この仕組みの改 善が当面の課題だと思う)。ならば不交付団体をめざすのか、というとそう いう訳でもないようだ。その辺りのコンセプトがハッキリしない。都市の将 来像というか財政的な京都市のあり方に対する展望が不明確なところから、 その依って立つスタンスが一定しない。国へのアクションにあたっては、  もっと脇を固める必要がある。
  もっと言えば、これは、以上に述べた如く対応が弱いというより、間違っ ていると言わなければならないが、一方でトップランナー方式に追随迎合し たりしているなどは最早論外である。これでは運動にも腰が入らない。交付 税の性格を歪めるような動向にはもっとキッパリ対応しなければ、そもそも 首尾一貫しない。
  だから私にしてみれば、増々、上の3で述べた疑問が募るのである。「危 機」への認識が浅い為に危機感がそこまでに至っていないのか、それとも、 認識が現状の一定の反映だとすれば、「危機」自体がそこまで切羽詰まって いるわけではないからこそ危機感も切羽詰まらないのか。はたまた、何か  「奥の手」というか「逃げ道」のようなものがあるのかどうか、疑問は高じ るばかりである。

5、法人市民税法人税割の国税化によって、その限りでは当然、法人税割収入 が落ち込んでいるし、それが交付税財源になったからと言って丸々京都市に 戻ってきている訳でもない。こういう国の小手先の改悪になぜ賛成するの  か。国の大企業への租税特別措置や法人税自体の税率引下げ、優遇減税が自 治体の法人市民税減収に連動していること自体は、その評価は全く違って  も、市も「国も大変だから」とか「企業の経済活動支援の為」等の答弁を  もって事実上認めている。これらの点についても私は以前から指摘してきた が、一貫して市長は馬耳東風というか、無視し続けている状態である。

6、市のこういう対応や態度は、結局はその根底に、国言いなりの姿勢と、累 進性に対する認識が希薄なこととの、二つの要因があると私は思っている。 しかし、以上で述べてきたように、ハードルは高くとも増収が得られるであ ろう方向への検討すらしないのに専ら市民には「財政危機」を押しつけるの は何故なのか。この疑問への解答は上の二つの要因だけでは解くことはでき ない。根底に二つの要因があってそのことが危機打開への根源に迫れない理 由だとしても、敢えて積極的に「危機」を強調するのは何故なのか。そこを 遡って考えた場合、そこに何か意図があると考えた方が、逆に一連の疑問が 解けていくのではないか。先程は「逃げ道」と書いたが、ここに入れば、市 民税の累進化は考えなくても「危機」打開は可能である、交付税増額運動が うまくいかなくてもそれはそれで仕方が無いと、まあこういうことなのか。 「財政危機」の程度の議論は色々あり得ても、結局はその「逃げ道」こそが 「行財政改革」だということではないのか。だから「財政危機」の強調は、 そこへ誘導するためのイチジクの葉っぱだということではないのか。人員削 減や民間化等の「改革」について、最近の市長は「危機打開の為、断腸の思 いで」でもなければ「やむを得ない苦肉の策」としてという訳でもない。む しろ積極的自発的に推進し自慢している有様である。これまたなぜか。その 考えを更にを突き詰めると、結局は、「改革」自体が目的である、「初めに 「改革」ありき、ではないのか」という考えに至る。そしてひとたびこの結 論に到達すると、これまでの推論の霧が晴れ、ここからまた今来た推理の道 を戻ると、全工程での疑問が解けていく(まるで資本論の方法みたいだ)。 ここに至って私は、「危機」は「理由」ではなく「口実」だとの思いに至る のである。「改革」こそが本命である。決算は毎年のことだが、丁度今、 ,開催されておりその経過をたどることで、私が至った思いが決して間違い ではないことが裏付けられているように思われる。まことに、,砲いては 各先生方の率直な議論が交わされているところから、市の本音がよく見えて くるのである。今後、紹介していきたい。

7、決算実績報告書では、例えば「収入は○円増(但し基金取崩を除くと◎円 減)」などと書かれている(P11)。国語的に言って、本当に基金取崩が非 常事態措置だとの認識があれば、「◎円減だが、何とか取崩によって○円  増」と書くべきなのである。要するに市の「危機」認識の程度の反映という ことであろう。かと思えば、この冒頭にも触れたが「基金枯渇の恐れ」の部 分では、わざわざ「仮に…機械的な試算だが…恐れがある」との注釈を付け ない訳にはいかない。逃げを打った一文になっている。市としても「危機」 へ誘導はしたいが、他方、いくら仮定の話としたとしてもちょっと乱暴な議 論だとの思いがあるからであろう。まるで説得力の無い「仮の、機械的な」 話になっている。

8、更に、上で書いてきた国との関係だけでなく、市自身の大型事業のムダ遣 いも、今日の「財政危機」を招いてきた要因である。同時に、「財政危機」 が本当に「危機」なのか、ひょっとしたら「危機」ではないのかも知れない と疑ってみるに足る十分な素材ともなっている。本当に「危機」なら止めれ ばいいのに、とにかくムダ遣いと言ってもケタが違う、との単純な疑問が、 この場合、正鵠を射ていると言うべきであろう。それが止まらないのは、裏 を返せば、ナンだ「危機」は「危機」じゃないんだ、という思考に至り、実 はこれが正解といいうわけである。放蕩息子を遊ばせながら我が家は財政危 機ですと言ってみたところで何の説得力も無い。しかもこれは現在進行形で もある。鴨川東岸線第3工区(塩小路九条間)は70億と市は言っているが、 疏水の幅を半分に、方や鴨川の流れ、3本もの鉄道の下をくぐる等の工事が 重なり、とてもその額では済まないだろうと私は思う。市負担の額が全く明 らかにならないのにリニア・北陸新幹線の誘致には殊更熱心で、本来これら は財政以外にも多面的な危惧すべき論点が横たわっている。堀川油小路通り 地下トンネルバイパス計画にも、市長はこだわっている。既に完成してし  まっているが、JR山陰本線梅小路西駅新設にあたっても、本来JRの施設であ るにも拘わらず市は15億も出しているし、また何よりも七条通りを跨ぐ横断 歩道橋整備にも6億円余を使っている。ムダ遣いの典型と言うべき代物であ る。
  ,凌概腸颪任癲峇躓,忙蠅辰人廾」として地下鉄工事や鉄道高架など過 去の事業が例示され、これらはいずれも「今となっては当たり前の」事業で あったと、要因ではあったが必要なインフラであったと総括されている。し かし過去の要因を探るなら市内高速道路の膨大なムダ遣いは素通りするわけ にはいかないし、まして当時の出資金113億の債権放棄までしているのであ るから、この太っ腹には「危機」が聞いてあきれる。ひょっとすると、この 過去の事業の例示の中に出てこないのは、高速道路が「当たり前」とは言い 難いと思っているからかも知れない。「渋滞解消」が旗印であったのに開通 当時も今も車は少なく、「たくさん通って下さい」(議会答弁)といった有 様なのである。いよいよここに来て「危機」は「危機」ではなく「行革」の 口実であるとの確信が増々深まるのである。

9、公営企業についても本来触れなければならないが、この感想文のテーマと している財政は一般会計のものを対象としているし、また力の及ばないこと もあって、2〜3点の羅列に留める。水道では「節水型社会の定着」と殊更 に強調されているが、会員は未だ私一人だが自称ペットボトル不買同盟会長 の私としては、これはペットボトルとのたたかいを避けた、逃げの表現だと 思っている。勿論、今の世の中で局としてどうこう言えることではないし、 規制を、と露骨に言う訳にもいかない。しかし客観的にはペットボトルの普 及が水道の需要減少の要因にはなっているのではないか。もし私が局長な  ら、内心、普及が縮まってほしいとは思うであろう。水需要とは関係なく、 ペットボトル自体の一定の規制をというのは市長ぐらいなら私は言ってもい いと思う。勿論人口は減ってはいるが、需要自体が減っているのかどうか、 また逆に、地下水の利用が増えている等のことはあったとしても、局として の供給が減っているその要因分析が少なくとも必要である。そこ抜きに、ま たしても、だから「改革」だ、削減だ民間化だ、というのは短絡にすぎる。 実際、検針など民間委託がどんどん進んでいるし、本庁舎移転や跡地活用に ついても民間活用とされている。後に触れることになるが、例の,任蓮▲魁.鵐札奪轡腑鸞┐善娠銚△琉楷病┐繕描澗里料缶姪な民間化を執拗に迫る委 員もおられるなど、事態はどんどん進んでいる。ここでも、何かそのこと自 体が目的であるかのような議論に、既になっている。
  交通局も含め、「お客様」は私には違和感がある。勿論市バス地下鉄に乗 り水道を利用されるのは市民に限らないし事業体であることはそうだとして も、基本的に両局の責務は市民の足を守ること、命の水の供給と環境整備で ある。せめて利用者とか、市外者も含めて市民と呼んでもいいいのではない か。独立採算自体に問題の根本がある。
  決算実績報告書では、「今後の大幅減収が危惧されるが国への支援を強く 求める」と書かれている。地方公営企業法でも17条の3で「地方公共団体  は、災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合、一般会計…から地 方公営企業…に補助をすることができる」と謳われている。コロナによる減 収を市民に転嫁することなく、この決意に沿って頑張ってもらいたいと願  う。激励もしていきたい。

つづき
財政危機というより、自治体の魂を失った門川市政の現状こそが市政最大の危機(3)
=京都市持続可能な行財政審議会=
  2020/10/中旬   井上けんじ

 普段ならというか、だんだん過去のことになっていくが、まちを行く折に、きんもくせいの香りが漂ってくると、十月半ばの自分の誕生日を思い出していた。が、今年はその香りを感じる前に誕生日がきてしまった。秋の来るのが遅いのか、そういえば今もカッターシャツでの仕事で、これも温暖化のひとつの事例なのかとも思える。ともあれ、連日の決算委員会に突入し、毎晩一夜漬けの予習に追われているうちにどんどん日が過ぎてしまっている。本来なら審議会の続きも考察しなければと思いながらも、それはまた次回に回し、今回はこの間の決算委員会の様子を振り返ってみたい。

2019年度決算を議題とする市議会決算委員会での質疑

 青春の蹉跌というか、市の「財政危機」をめぐっては、行き来戻りつ、前に書いたこととちょっと違うことを言うことになるかも知れない。頭の中で天使と悪魔とが論争しているような状態で、結論の断定の前に、いろいろな角度から考えてみたいということの反映でもある。そこでそのいろいろな角度をまず考えてみたい。その材料として、過日の決算委員会での質疑を紹介したい。

10月5日:行財政局での質疑(○印が私の質問、●は質問ではなく後で付けた見出し)

●「財政危機」を奇貨として、市民リストラが「本命」なのか

◯先程の答弁などを聞いていると「財政危機」が市民リストラへの葵の御紋か打ち出の小槌かと思えてくる。決算にあたり「財政危機」が強調されているが、その危機が私には素直に受け止められない。なぜそう思うか。的確な現状分析や打開への方向性、展望や戦略が見えてこない。そこで収入について、個人市民税が増えたとのことだが、その内訳について、課税所得200万円以下の層と700万超の層、及びその中間と、それぞれの増え方はどのようになっているか。(資料請求)
(→林税務部長)課税標準額の階層別では、対前年度比でほとんどの階層で納税義務者1人当たりの総所得金額は増加、または横ばいという状況。(資料提出)
○危機打開の一方策として、個人市民税所得割の税率について、例えば、課税所得700万超の税率を仮に2%アップすると、私の試算では+83億位。高額所得者の税率を引き上げることについて、そうは思うが法律だからムリとの見解なのか。それともそもそもそう思わないのか。
(→林部長)三位一体改革において税源移譲を地方にすることで、H19年度の京都市の影響額は+63億円。税源移譲という性格からフラット化することにより増収になったと考えている。地方税法のなかで、超過課税など標準税率以外の税率を採用する場合でも一律の税率としなければばならないと規定されており、できない。
○その「できない」についての見解を聞いているのに答弁を曖昧にてはダメ。税源移譲とフラット化は別の問題。交付税についても、減った内訳の分析が要る。税収が増えた分が減ったのか、それ以上に減らされたのか。基準財政需要額が見込みを大幅に下回った要因は何か。私は、超過負担の問題があると思う。交付税増額要求に際し、説得力を持った論拠をもっと詰めるべき。本市ではトップランナー方式、即ち交付税の性格を歪めるような動向に迎合・追随したりしている。これでは首尾一貫しない。運動にも腰が入らない。キッパリすべき。
(→金山財政部長)地方交付税について、基準財政需要額が思ったよりも伸びなかった。社会福祉分は伸びたが、それ以外の地域振興費、道路橋梁など他の部分が削られている。なぜかは開示されていないので算定過程を明らかにするように要望している。トップランナー方式は、行政の効率化を求めるもので、減った部分は他の部分にまわっており、地方に来ているトータルは変わっていない。大都市の財政需要に見合った算定をしてほしいというのが一番の要望。
○構造的に脆弱だと言われる。嘆いているのか何か他に意図があるのか。学生が多いのは京都の良い意味での特性。一人当たり市民税が大阪より少ないとデータ集で強調しているが、個人市民税は京都の方が多い。各都市によって税収に違いがあるからこそ財政調整制度がある。それとも不交付団体をめざすのか。
(→金山部長)都市特性が税収に反映されている。交付税が格差是正、財政調整機能を果たしている。不交付団体を目指せるとは思っていない。社会福祉は伸びているが他の部分が削られていることで、財政保障機能が果たされているのか疑問で近年強く要望している。
○脆弱だとか依存しているなど後ろ向きの言い方では交付税増額要求に水を差すだけ。三位一体改革以来減らされている。当時本市は交付税増額を言いながらも税源移譲に傾斜しており、結果、委譲は不十分、交付税も減らされ、今日に及んでいる。三位一体改革の総括はどうか。
(→金山部長)三位一体改革は、税源の移譲、国庫補助金の削減、地方交付税制度の見直しを行ったが、結果的に地方交付税が1兆円減らされた。京都市の財政にも大きな影響を与え、今でも響いている。当時の水準に戻すよう求めてきている。
○臨時財政対策債は交付税で100%措置されているからと肯定的に言われるが逆に言えば交付税の一定割合がその返済分に充てられ、ネットの交付税がそれだけ減少。公債費も措置されているが同様。それぞれ交付税に占める割合はどうか。それだけ自由に使える交付税が少なくなっているとの実態も運動の論拠にする等もっと明らかにすべき。
(金山→)臨時財政対策債は、返済財源を交付税で措置する部分が年々増えている。その分、他の経費が減らされている。臨財債の増が交付税全体を圧迫しているのではないか。臨財債の増の部分とそれ以外の部分をきちんと措置することが必要。
○法人市民税法人税割の国税化についても、数年前、あっさりと国の言う通りの対応をされている。一概には言えないが、国を経由して戻ってきたのか。仮にあるとしても、国税化による市の減収の方が、ずっと大きいのではないか。総括はどうか。
(→林部長)法人市民税の税率が引き下がってきた分は、交付税の原資になった。
(→金山部長)交付税の原資となったものは、地方間の格差是正に使われた。京都市の財政状況は厳しいが、より小さな市町村に配分された。大都市が不利益を被った。
○だから、差引+−で言えば大幅マイナスだ。法人市民税法人税割の税収が長期的には大幅減少傾向。本市では4.1%の資本金10億以上企業が法人税割の59%を占める。政府の大手減税の悪影響是正で大幅増収が得られるのではないか。
(→林部長)今回、法人市民税の超過課税についてあわせて提案している。
○答弁になっていない。本当に財政危機というなら、鴨川東岸線や堀川地下バイパス計画など見直すべきではないか。
(→金山部長)投資的経費については、一件一件効果を見極めていきたい。
○財政危機と言いながら、危機打開とは別の動機があるのかなとさえ思えてくる。人員削減は、財政危機だからやむなく断腸の思いでというよりむしろ自慢。民間化も積極的。財政危機を奇貨として人員削減や民間化が本命のようにさえ思える。そもそも予算編成権を唯一持っている者が持っていない市民に危機を煽っても、市民にすれば、あなたの編成力はどうなのかと問いたい。財政危機は自然現象ではない。一体誰の責任なのか。
(→金山部長)財政危機に至った要因は、収入が少ないなかで、国の基準、他都市の水準を超えた施策を続けてきた。慢性疾患、恒常的な収支不足を続けてきたことが要因。収支のバランスを整えることが必要。
◯行財政審議会では、「仝鯢媽罵弋瓠↓∋埓任覆鼻↓市の施策水準見直し」の方向性を挙げて結局だけになっているが、市独自の議論をするためにこそ、交付税だけでない国の税財政の批判的検討を含む,竜掴世いる。

10月7日:総合企画局での質疑
●大型事業は聖域、市民サービスリストラありき

◯決算の焦点は「財政危機」。今年度・来年度予算等にも影を落としている。そこで行財政担当局長・都市経営戦略監連名発各局長等宛て「改革提案依頼文」について聞く。
 P1で「交付税の減で大変」とのこと。三位一体「改革」当時、私は交付税充実派だが、市は税源移譲に傾斜していた。結果は税源移譲も実現せず、交付税も減らされたまま今日に至っている。その総括はどうか。基本的に国対地方の所謂6:4の転換の必要性は前提だが、当面の課題としては交付税増額を求めるスタンスだと思う。行財政局でも不交付団体を目指すわけではないとの答弁。交付税充実こそカギ。ところが一方で、P3でも他に何か意図があるのかどうか脆弱とか交付税依存度が高い等と嘆いている。依存度高い等と言えば、交付税増額要求に水を差すだけ。市税が少なければ依存度が高いのは当然。腰が座らない。どういう財政構造の都市を目指すのか。
(→大八木都市経営戦略室長)将来に渡って景気変動等にも耐えうるような持続可能な行財政を確立していくことが大切である。そのために全職員に、厳しい財政状況、見通しについての共通認識、情報共有を目的として示している。歳出・歳入の改革、都市の活力を市民の生活の豊かさに繋げ、担税力の強化を図るという中長期的なものを見通した財政構造を構築してきたい。
○交付税の増額を求めながら、一方で交付税に頼りすぎとの表現をするのはつじつまが合わない。論点整理が必要。その嘆きの一環としてP3では、市民1人当たり税収が少ないと、五大都市より423億円少ないとのこと。一方決算参考データ集では、対指定都市平均比で、一昨年156億、昨年は105億少ないとのこと。どの都市と比べるか。違いがあるのは各都市の特性。多い都市との比較での差なら、どんな指標ででも全部京都が全国一にならない限り「少ない」ことはいくらでもありうる。恣意的だ。データ集では市税は大阪より少ないと嘆き、本市では大学生や高齢者が多いからと何だか否定的に言っている。大学生や高齢者が多いのは京都の誇りだ。ところが実際は、個人市民税は大阪より京都が多い。多いのに大学生等が多いからと理由にもなっていないどころか逆のことを言っている。ここでも脇が甘い、というより市税と個人市民税を意図的に混同。焦点が不明確、というより脆弱だから市民リストラやむなしと思わせたいとの動機が働いているようにさえ思える程、議論が混線している。
(→大八木室長)他都市との比較について、政令市の平均、五大都市の平均など、一定の人口規模があり、都市基盤が整備されているなど、本市に近い都市特性をもつ市との比較によって理解が深まるのではないかと用いた。
○先程から答えになっていないが、P1・4等で、今日の財政危機を招いた要因として地下鉄や鉄道高架化等大規模投資とのことだが、ではなぜ市内高速道路についてはどこにも触れられていないのか。2007年3月1日の予算委員会で、高速道路の京都市負担は、洛南道路の190億円を含めると716億円になると議論した。そのことがなぜ触れられていないのか。
(→大八木室長)市債に係る大規模投資事業の例示について、令和6年度以降に本市の市債返還に係る経費が増加していく。令和6年〜10年は、令和元年〜5年の1.4倍になっている。原因となるのは、平成初期の大規模投資の市債返還で、その当時の事業として立体交差化事業や東北部クリーンセンターを例示している。京都高速道路については、市債発行の多くが令和11年度以降に償還を迎える。
○地下鉄などの様に市民生活に定着していないから触れないのではないか。分析や資料提供が恣意的というか殊更に「危機」を強調するというか、私に言わせれば真実を避けたところで結局は、使用料、手数料、減免制度等の「切り口」への誘導となっている。そこで何が真実かの議論の前に、一体、「危機」の責任は誰にあるのか。予算編成権を持っていない市民の立場から言えば、唯一持っている者から「危機」だ、見直しだ、切り口だと言われても、じゃあなたの予算編成力はどうなのと逆に聞きたい。経過と責任はどうか。
(→大八木室長)財政基盤が脆弱な京都市においても、今と未来への投資は行い全国トップ水準の福祉、教育、医療のサービス水準を確保してきた。しかし、基金の取り崩しなどもあり、責任と言うことではなく、必要なサービスの維持のため持続可能な財政のため改革を検討していく。
○今日の地方財政危機については国の税財政政策への批判的検討抜きには語れない。私はそこが責任であり真実だと思う。そしてそこに迫れない本市もまた責任を免れない。国の大幅大企業減税が自治体の法人市民税減収に連動しているし、個人市民税率フラット化が押し付けられている。私は累進的な税収構造こそが本当の平等だと思う。地方分権、地方創生等と言われるが、財政的な自治権拡大はどうか。
(→大八木室長)税制度については難しい問題。現在の地方税制度のもとで独自に制度構築していく裁量の範囲はごく限定的。所得税については、累進性は所得の再分配の性質をもつが、地方の個人市民税の所得課税については、等しい税率で納める、受益と負担の明確化のもとで制度設計をしている。
○都市の在り方と言えば文化とか心とかだけでなくハード面からのアプローチも不可欠。鴨川東岸線や堀川地下トンネル計画等車を呼び込む、しかも莫大な財政を伴う。「危機」と言うなら見直すべきではないか。
(→大八木室長)投資的事業については、市民生活に直結するもの。聖域なき見直しをすすめていくもとで、投資的事業も例外ではなく、優先順位、規模、費用の精査等、あらゆる観点で検証を行っていく必要がある。
○市民向けの施策は聖域なきといいながら、大型事業については聖域にされている。そういう答弁だから、私には、危機だと強調されておられるのに一体どうなんだろうかとの疑問を禁じ得ない。「国の財政も大変」論の克服も要る。トータルの議論を欠落させたまま、一路「切り口」へ邁進。最初から市民リストラありきなのかなとさえ思えてくる。

●費用負担も自然環境・生活環境への影響も不明のままの北陸新幹線誘致はやめよ

◯次に北陸新幹線誘致について財政にも関連して聞くが、本市への財政的分担が求められるのか。また直接でなくとも例えば周辺整備等の費用負担はどうなるのか。
(→奥井総合政策室長)鉄道運輸機構が、鉄道施設を建設、保有し、営業主体であるJRに対して施設を貸し付ける上下分離方式により運営される。JRは受益の範囲内で機構へ貸付料を支払うことになる。費用負担については、JRからの貸付料収入を除いた額を国と都道府県が2:1で負担すること、都道府県は利益を受ける限度で負担金の一部を市町村に負担させることができる。京都府と連携し、国に対して地元負担軽減のための財政措置を強く要望していく。
○要望しても軽減の裏付けはない。見積もり抜きで誰が家を建ててもらうか。時価で寿司を食べるのは金持ちだけ。どのくらいの負担額になるのか。
(→奥井室長)環境影響評価法にもとづく手続きを経た後に行われる設計の段階で示される。
◯後に引けない段階で請求書が来ても断れない。財政含む、一から見直す可能性も含めた事前の影響評価が必要ではないか。在来線や地下水、市北部森林への各影響など懸念材料は山積だが、特に、京都駅を通ると説明されていることから市中心部での影響は避けられない。住環境等への影響が懸念される。財政とともに、ルートも、可逆的な段階での案で市民意見を求めないと、市街地で言えば直径12kmの円だけ示して、ルート発表の時点では既決だというのでは押しつけではないか。
(→奥井室長)鉄道建設運輸機構によって環境影響評価法にもとづく手続きが行われている。令和元年5月には、計画段階環境配慮書が、11月には環境影響評価方法書が公表されている。本市の意見としては、「当該施設等からの環境影響をできるかぎり回避、低減するとともに、自然環境や生活環境について十分配慮すること」を前提としている。
○少なくとも、見積もりも含め、変更と断念可能な段階での案の提示抜きに、誘致運動などはすべきでない。

 ざっと以上のようなことであったが、これらを振り返って、或いはこれらの質疑にあたって考えてきた、前述の「いろいろな角度」について頭の整理をしてみたい。まず書くことは考えることであり考えを深めることである。その為に初期の表現はラフとなってしまうことはありうるし許容範囲と考えたい。
 a:財政危機は、市民リストラを進める為の口実である。b:財政危機を奇貨として、本命であるリストラを進めようとしている。c:財政危機からの脱出の方向を見いだせない為に迷走し、市民リストラにしか行き着かない。d:ではその「見いだせない」のは、能力の問題なのか、いやそんなことは絶対にない。階級的立場から「見いだせない」のである。e:国言いなり病と市の大型事業固執の二つが中心的大問題である。結局、自民党政府と同じ立場と土俵の上に立っているということが本質である。f:しかし自民党政府が税財政の全面的権限をもって大手減税や庶民増税、自治体財政締付政策を採っていることと、地方自治体がその影響を受け締付の対象となって、地方財政危機の被害を被っていることは、同じ立場と土俵とはいえ、それは反動勢力内部の矛盾とも言える。勿論これは制度の問題ではなく、たまたま国も京都市も、自民党が与党となっているという現況においてのみの話ではあるが。g:従って重篤の国言いなり病については、国への声を挙げるように指摘していく、地方自治の旗を掲げ、その限りでは一致してハッパをかける、批判の姿勢が弱いことを批判する、国の税財政の歪みを具体的に指摘し地方自治の立場からの一致点を広げていく等々の方向が基本だと思える。後者は、国の「土建国家」の圧力もあろうが、基本的には市長独自の権限に属する問題であるから、これは徹底批判あるのみである。複雑な思考回路を経なくてもよい。h:その病気が治らない限りは、或いは治そうと市長が思わない限りは、市民リストラは絶対に許されない。問題は、その許されない姿勢と立場を貫く場合、市民に対し、「噛み合った議論」を提供する、反対の為の反対ではなく、その治そうとしない市長の姿勢こそが問題であるという点を如何に分かり易く浮き彫りにできるような議論に持っていけるか、そこだと思う。i:「危機」とは言いながら、その打開の為の努力が全く不十分であること、いや打開の為にほとんど何もしていないこと−それはもっぱら市民リストラへという奥の手、逃げ道、退路があるからであろう−、努力の方向が間違っていること、ズレていること、またむしろ逆に、例えば法人市民税の国税化等、自らが積極的に財政危機を促進していること、特に大型事業はまさにこの危機促進であること、等々の具体的な指摘を通じて、分かり易く浮き彫りにしていく作業がキモであろう。
考えをめぐらしていくと、確かに頭の整理にはなっていくが、しかし一方、また別の悪魔が頭の中に登場してくる。少し別の角度からの選択分類も要る。a:これこれの条件クリアされない限り、市民リストラはすべきでない。これは上ででもすでに書いた。b:「危機」を招いた責任者は誰なのか、その明確化と責任、総括抜きに市民リストラはあり得ない。c:いわば我々は野党であり、責任の追及を専らとし、財源的対案は必ずしも用意しなくてもよい、と強調するか、いやその点は、国との関係、大型事業の例示で既に示していると言いうる。d:そこで問題は、ではその対案で、直ちに、現下の「危機」を克服しうる財源となり得るかどうか。現に市長は、来年度500億不足と言っている。これをどう見るか。
 次の議会質問では、議員団の分担上、残念ながら財政とは離れた分野での分担となってしまったことから、今はその方の予習にかからなければならないことになった。とりあえず上の続きは次回を期すこととしたい。


つづき

 一晩寝てしまうと、まして何日か経ってしまうと、前に書いたことを忘れてまた徘徊彷徨してしまう。深刻なご相談や他の課題が常々尽きないから余計にそうなる。しかし絵の具を重ねたり、らせん階段状であったりしても、書木ながら考え、考えながら書くことはムダではない。きょうは、自転車乗車中に、以下のようなことを考え、降車後忘れないようにメモをとった。a:今日の「財政危機」を招いた責任の所在は?。これは主要には自民党政府。しかしこれに追随している市長も、追随しているという意味において同罪。又はそこまでは言えないかもしれないが、少なくとも責任の一端は免れない。b:「危機」は本当か?。造られた「危機」ではないのか。ではそれは誰が造ったのか。これもまた自民党政府である。主要には。社会の本来の在り方から言えば、剰余生産物を、必要な行政経費と福祉教育文化等に十分充ててもなお、労働時間の大幅短縮が実現されるであろう。しかし勿論そんな未来社会のことでなく、今日の資本主義社会でも、軍事費をはじめムダ遣いをやめること、大企業や高額所得者層の税率を、せめて以前の水準に戻すこと等々の
真の改革によって、「危機」は造らなくても済むし、また克服することも可能である。c:
そこで問題は市長の位置である。「造られた危機」を創った共同正犯なのか共犯なのか幇助なのか、とともに私は被害者でもあると言いう得ると思う。但し市長には、口で「地方交付税増額を」程度のことは言ってみたところで、そこまでの認識はないであろう。そもそもがまことに重篤な「国言いなり病」が治らない。「病膏肓に入る」といった状態で、あたかもそれは戦後自民党がアメリカ言いなりの如くである。治らないうちは、市長の責任もまた免れない。d:そこで市長がその罪を免れる為には、第一に、地方自治体が被害者であることの自覚、即ち自民党政府の責任として把握すること、第二にはその克服に向けての認識、克服の為の活動と行動である。e:そこで、そういう方向抜きに市民にリストラを押し付けるべきではない、というのが現段階での私のスローガンとなる。ではそういう方向が果たされるならリストラは是か、という問いに対しては、答えが難しいからという理由ではなく、全くの仮定の話、架空の話であるから議論の意味がないという意味で今は答える必要はない、と断言できる。国に対し、身体を張ってでも市民の暮らしは守る、と言うべきなのである。f:それでもなお市長は「現実にお金がない」と言うであろう。答えはこうである。それは市長の甲斐性、責任で何とかすべき何とでもすべき問題であって、井上の提案を何らか顧慮したとしても、市民には何の責任もない話である。g:それでもリストラと言うなら、リストラと言うのは、結局、ハナからリストラありきが本音だからであろう、と言うことができる。今後、検討していかなければならないが、例の行財政審議会では、一部の先生から、まさに切り捨てありきの言いたい放題の議論が繰り返されているからである。
そんなわけで、私にとっては、単に「市民へのしわ寄せは許せないから」は当然の前提だが、それだけでなく、根拠をもって、市長の「財政危機」論批判と対案提示をも含む、噛み合った形での反論が可能だとの認識に至りつつある。要は、自治体の魂を失った国言いなり病が根源であり、キモであろう。市長はまあいいとしても、市の幹部職員、一般職員の皆さんにも納得して頂ける議論を展開したい。その為の論戦準備が必須である。
 ダラダラと冗長な決算評価が長くなってしまったが、いよいよ次回は「行財政審議会」に話を戻したい。


 その前に、一言。「財政危機」をめぐって、その真偽や背景、要因、打開の方向等々、ずっと青春の彷徨が続いているが、10月19日、ある一定の認識に到達した。京都市を含む全国の「地方自治体財政危機」については、自民党政府の責任が大きい。その意味では「危機」はつくられた「危機」である。その意味では真偽の偽とも言える。一方、地方自治体にとっては確かに「危機」は偽ではないであろう。では真とした場合、その要因や責任はどこの誰にあるか。そこでその政府に対し、「国の財政も大変」等と言って追随し、そのしわ寄せを市民に押し付けている市長もまた責任を免れない、という構図ではなかろうか。ここまではこれまでに考えてきていたこと。新発見の認識は以下の通り。市長や市幹部の皆さん、「危機」に悩む全国の地方自治体の関係者の皆さん、「危機」打開の最も遠いようで近い道は、ズバリ、今度の総選挙で自民党政治を倒し、我が党を含む野党連合政権を創ることだ。霧が晴れたように「危機」打開が実現すること間違いなし。各自治体の、特に財政担当者の皆さん、寝ても覚めても財政のことで本当に毎日大変です。しかし今度の総選挙で日本共産党や野党統一候補が勝てば、今までのご苦労がきっと報われます。新政権が実現すれば、やらなければならないことは山ほどありますが、私も、広い意味で自治体関係者の一員として、こくた恵二衆院議員らに意見を挙げ、提案もします。どうかその認識に立ち至ってください。みんなで「危機」の悪夢から夜明けを呼びましょう。











y[Wgbv