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我有り故に我思う

知事選への取り組みについて

No.245

 知事選に向け、先日、南区の民主府市政をすすめる会の集会が開かれ、僭越ながら、私から「開会の挨拶」をさせて頂きました。その一部を紹介します(方針に係わる部分は、本当は一番訴えたいことなのですが、省いています)。

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開会挨拶          2026/3/11  井上けんじ

○ 総選挙の結果については様々な角度からの評価や分析がありうるが、選挙制度に絞って振り返ってみる。主権在民の立場から、国民の支持政党の比率がそのまま議席の比率に照応、比例配分される方法として、仮に全議席を比例代表制で選ぶとして、今回の比例代表での各党の得票率で、そのまま全議席を配分すると想定すると、今回議席→想定議席は以下の通り。自民315→171、維新36→40、中道49→85、国民28→45、参政15→35、みらい11→31、共産4→19、れいわ1→14、保守0→12、減ゆ連1→7、社民0→6、で自維は211/465の半数以下。仮にA〜E各党が、A党21%、B〜D各党20%、E党19%の得票を得、全選挙区で同じ支持割合だとすると、A党は21%の支持で全議席を独占、79%の国民の声は議席に全く反映されないことになる。歪んだ制度であることは明らか。今回も、この例のような特徴が出た。そこで次のことが言えるのでは。〔閏臈な選挙制度への改正運動が必要。自維の定数削減を許さない運動の強化を。⊆民は37%で、国民世論と国会議席との乖離は明白。高市は「砂上の楼閣」。自民に入れて「反省」している人や、今後の右傾化、軍拡・格差拡大を心配する人たちの藤井支持への、潜在的だが働きかければ顕在化する可能性。現府政は「国言いなり、国の悪政の具体化と地方自治の形骸化」。今回は、戦争と平和、暮らしと営業、実利獲得、の課題が浮上。社会保障、ケア労働、中小企業零細事業者・労働者、原発、北陸新幹線も重大争点に。国保や高校教育、子ども医療費、中小企業支援と融資、労働者施策、等々、市政とも密接な繋がり。「府政が変われば京都市政も変わる」。勿論、国にも影響。自民政治を押し返していく第一歩としての全国的意義。
○ 自主申告運動や春闘の時期。税金で言えば、自民党政府の大企業減税が自治体の減収にも連動、金融課税の優遇制度(株式収入の低税率)も然り。今後の一層の「戦費調達」増税が危惧される。税金は平和と暮らしに使われてこそ「とられ甲斐」。本来、戦費への徴税は違憲。国債濫発はインフレへの道。高市首相の「食料品消費税2年間」は却って混乱を招くだけ。それすら雲散霧消?「国民会議」は「与党PT]と同じでヌエの如し。正規の機関でも何でもない。議会で議論すればいいこと。官房機密費やギフト券問題等々。  
春闘や賃上げとの関係で言えば、最賃や賃上げ中小企業への直接支援こそ府の出番。他県での実績も。かつて、革新自治体と大幅賃上げ(1974春闘)。京都市では不十分ながら補聴器補助。「地方自治」は憲法第8章、最後の方だが、前文の国民主権は府民主権だし、第3章の13条個人の尊厳や25条の「国は…向上・増進に努めなければならない…」等、教育・労働等々の基本的人権擁護は地方自治体にとっても当然。憲法実践と具体化は国だけでなく自治体にとっても責務。25条は「国と自治体は…」と読むべき。公務員の憲法尊重擁護義務は勿論知事にも府職員にも。

○ 「自民への接近」が中道後退の要因のハズ。かつて「社公合意」で社会党が右転落。煮え切らない層もおられるハズ。旧立民やれいわ等支持層の「護憲派」は死んではいない。そこにも働きかけたい。「自民と一緒でいいのか」の声を広げる。「戦争反対」「暮らし守れ」は府民多数の声。ここへ依拠。「左派=革新<民主<平和保守結集」の一環としての知事選挙。共産党と立憲との野党共闘がなくなったからとガッカリには及ばない。「共産と新社会と、市民団体」との共闘としての「民主府市政の会」や「つなぐ京都」との共闘パターンは健在。

 

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