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活動日誌

労働組合はいいぞ2

No.690

はじめに
 一般に、労働組合と言えば「○○KK労組」或いは、そういう単位組合が分野・業種別、産業別に複数集まって「××組合連合会」というような仕組にしていることが多いのが日本の特徴ですが、私の場合は、「全国単一産業別」という形式で、要するに福祉分野の、日本で一つの、同じ組合で、都道府県毎に支部があり、職場毎に分会がありという形の組合の経験でした。日本社会福祉労組、後に各都市の保育所労組などとの合併を経て、今は福祉保育労組と言っています。保育所や老人ホームなどという施設の場合はイメージし易いのですが、私の場合は「社会福祉協議会」という、一般名詞では「福祉団体」と言っておりますが、そこの分会の一組合員から、要請を受けて京都支部の専従役員になったという経過です。中央本部の執行委員として主に西日本各地の組合づくりにも取り組んできました。民間でありながら仕事内容は正に公務であり、職場運営の財源もほぼ公費に依っていた、民間の労組とも公務の労組ともお付き合いさせて頂いた、といった位置であった等々ということとともに、この組織形態自体が、私が労働組合について学ぶうえで、まことに大きな意味を持っていたと言うことができると、自分では思っています。
 本当に組合員の皆さんのお役に立ててきたかどうか、後悔やら反省やらが尽きません。ごく最近、議員になってからも(この議員時代のことは、私の人生の後半部分として、力が及ぶなら、第二部としてまた書きたいと思っていますがどうなることやら)、各組合の大会などの挨拶にお伺いしたり勤労者通信大学の労組コースを受講したりなどもしてきました。そういう反省や経過の中で考えてきたこと、特に、労働組合というのは、もっとこういう点について考え、またそういう方向で活動したらもっとよかったのでは、など思うことは尽きません。以下では、そういう点について、整理してみたいと思いました。

第一章 労働組合活動の発展をめざして日々ご尽力されておられる皆さんと考えたいこと

 第一章では、既に労働組合運動に取り組んでおられる皆さん、特に、役員等で、日夜、組合員の利益の為にご苦労されておられる皆さん(こういう場合の「特に」という言い方は、役員でない組合員の皆さんも含めて呼びかけていることは言うまでもありません)とともに、今日の、そして今後の労働組合の活動や方向性といったようなことについて、一緒に考えてみたいと思います。

1、組合活動で何をするのか、目標とすべき労働組合活動の方向として思うこと
 私の総括から言えば、労働組合の活動としては、以下のような方向を挙げることができるのではないだろうか。要求実現をめざす組織である以上、その最大の目標である要求を実現する為に、どういう運動と組織が要るかということについて、みんな悩んでいる。私もその思いに終始する毎日であった。そこでそういう原則というか視点というか、活動を振り返って学んだこと今にして思うことを挙げてみたい。本来の労働組合活動とは一体どうあるべきなのか、自分なりの感想です。組合員の要求実現の為にどうするか、どうあるべきか。思いつくままですが列挙してみます。

(1)要求討議が出発点
(2)組合員一人一人が主人公、役割分担
(3)職場を基礎に、地域に連帯を、産別を軸に
(4)学習と「経済闘争」・「政治闘争」・「思想闘争」、自己教育・集団教育、発達の場と  しての組合活動
(5)職場内外で組合員の仲間を増やす活動
(6)産別要求から産別政策立案へ、雇用主相手の活動とともに対自治体・国への運動も(7)支援と連帯、一日共闘、課題別共闘
(8)市民運動との連携、市民的にたたかう、共闘と統一戦線の拡大強化で力関係を変え  る
(9)身近な要求から社会全体の要求へ
(10)そして最後に、「賃上げ」から「賃金制度の廃止」へ、との学習を、「政治闘争」  の二重の意味

 そこで、以下、これらの点について、各項目毎に思い出を振り返り、考えてみたい。

1−(1) 要求討議が出発点
 労働組合の意義と目的が「要求の実現」である以上、どういう要求をどのように掲げるかは、運動の出発点であり基本中の基本であることは言うまでもない。単なる「願い」をどのように「要求」にまで高めるか、職場を基礎に、その規模が大きい時は部署や課別等、全組合員が参加できる条件下での要求討議が不可欠である。具体的に、要求書にどう表現するかに腐心した。みんなであれやこれや議論する、その過程を大事にしたいと思ってきた。組合員一人一人の声を出発点にしながら、一方で、役員の立場から言えば、急がずにしかし且つ、まとめていかなければならない。その組合員固有の要求もある。それは取り上げないか、それとも組織にとってマイナスにさえならなければ、一人一人の要求として尊重し応援し合っていくか。組合員が増えるだけ、要求項目も多くなっていく。職場によっては、それまで一介の農村主婦だったりした人たちが、ある日突然、組織された階級的労働者になる訳ではない。峠の老人ホームでの経験である。分散的とも思える行きつ戻りつ、ああでもないこうでもないとの職場要求討議のプロセス自身が、彼女たちにとって、そして参加している私自身にとっても、学習と成長の場であったと思える。

1−(2) 組合員一人一人が主人公、役割分担
 組合員を「お客さん」にしてはいけない、と、これも腐心してきた大原則のひとつである。前述の要求討議への参加をはじめ、私たちの場合は分会会議が中心だが、基礎組織の会議への参加や発言の機会の保障が基本である。欠席の場合など、事前に議題に対する意見を聞いておいたり、事後に伝えたり、またその前に参加の確認とか欠席の場合の連絡とか、最近、そういう基本的な組織活動の基礎が疎かになっているような気もしているが、それはともかく、そういうことも、私は労働組合活動の「自己教育機能」の一つだと思っている。これは職場の組織でも同様なことが言える。集団的な仕事になっていない。担当者がいなければ何も分からない。役員でなくとも、文化スポーツとか機関紙部とか学習教育部等々の各専門部の部員になってもらったり、また機関紙の「組合員紹介」欄に登場してもらったり、また勿論、学習会や様々な企画に参加を呼びかけたりしてきた。
 役割分担という点では、

1−(3) 職場を基礎に、地域に連帯を、産別を軸に
 この表題の表現は、当時の大阪支部の先輩から教えてもらったものである。民間の職場から福祉職場へ転職されてこられた方だった。そこで、福祉職場と書いたので、ちょっと遅くなったが、私の活動していた、旧「日本社会福祉労働組合」、現在の「福祉保育労働組合」について、その組織形態とともに、その組織の仕組みからこそ、私が学んだことなどを振り返ってみたい。前者を略して「日社労組」と呼んでいたが、当時、その京都支部の文字通り中心であった委員長が「ウチは全国単一の個人加盟の産別労組だ」と常に強調されておられた。各都道府県毎に(といっても空白の県が多かったが)支部があり、各職場毎に分会を創っていた。職場に一人だけの場合は「点在組合員」と呼んでいたが、場合によっては一人分会での職場「団」交との事例もあった。分会準備会から分会、過半数組合、組合員比率拡大、そして非公然から公然分会へというのが一般的な組織目標である。その上で、地域や種別(私たちの場合、老人とか障害、養護、保育、(自治体からの補助金団体職場という意味で)団体種別、等々と各種別というグループも、特に要求の共通性等に基づく討議や活動の、分会横断的な一単位であった)等を視野に、空白職場への新規の組合作り、空白克服というのも、重要な、併行する課題であった。
 職場を基礎にというのは、職場の直接の雇用主相手の活動というだけではない。一方で、これは当時の府の職員組合から学んだことであるが、課毎に課長交渉をされておられるとのことで、府民の為にウチの課としてどんな役割を果たすべきなのか、まことに「職場を基礎に」の先進例だと思う。同時に他方で、国の悪政が、ウチの職場ではどういう形で現れているか、そういうことを明らかにして対国の運動に活かしていく、といったような活動もやはり「職場を基礎に」である。職場(分会)単位での要求討議、分会ニュースの発行、その為の一定の財政、役員構成、等々が指標になると思う。私の理想は、職場要求を制度要求へ、そして政策へ高めること、他職場労働者への働きかけ、そして私たちの分野では、園長等使用者の皆さんや、保護者との広い意味での共闘の展開、各種別毎の福祉利用者対象者の皆さんの権利擁護・拡大等等への政策化や運動、そしてこれはどういう産業分野でもそうだと思うが、階級的労働組合は、職域地域の近隣住民の要求実現にも、意を払わなければならないというのが私の理想である。特に地域の住民運動等の場合は、組織人として応援・貢献・一翼を担う等の参加が求められる場合もあり、実際に日本の労働組合運動では先進例も少なくないと思う。
 
1−(4)教育学習活動、自己教育・集団教育、発達の場としての組合活動
 要求実現の為には勉強が必要である。というか、自分のやっている仕事の分野での社会経済情勢、どう国民の役に立っているのかいないのか、その産業分野の発展方向はどうか、等々との勉強というか問題意識はどうか。生活の為に職業を選んでおれないという現実がある。軍需企業しか仕事がなかった労働者もいる。ではそこでの働きがいはどうか。平和産業への転換を提案することは可能だ。交通事故防止の為、私は、例えばいくらアクセルを踏んでも100km/h以上出ないように車を作ったらどうかなどと思うが、これは資本の自主性ではムリであろう。原発労働者が再生可能エネルギーへの転換を提案するのも、やはりこういうことは労組の役割だと思う。仕事のプロをめざすこと。国民の為の仕事をすること、労働者の集団の力が要る。労組法とか労基法の勉強も欠かせない。憲法の、特に27・28条は必須。最低基準は政治の力で底上げ、それ以上は労使の特に労が団結して頑張れと呼びかけている。労基法でも「この基準は最低基準、当事者はそれ以上の条件をめざせ」と呼びかけている通りである。現代社会では、私見では「ボツ階級的」な議論が、特に福祉の分野等でも横行しているが、この27・28条こそは、「階級対立」というような表現はともかく、少なくとも労使の間では利害が異なっているという客観的事実が前提になっている。社会保険労務士という国家資格の入門者でも「労基法の勉強は労使の力関係から考える」ことがキモだと書いている。組合潰しなど論外だが、働く者は、制度や仕組や法の前提や目的、これらに基づく確信が必要である。大企業ほど、進んで労働条件改善に踏み出さない場合、やはり雇われている側としては、お願いではなく、運動的な要素の活動が要る。そしてまた人間は集団の中で、その同じ方向をめざす中で成長する。民主的な議論が人を鍛える。労働組合は、映画会でも音楽会でもスポーツ大会でも、講演会でも、何でも、みんなの創意と総意でできる。企画すればいいだけだ。役員は、組合員の自主的な活動を応援すべきだ。
 究極的な学習課題として、私は、搾取の仕組み、自身の分野ではそれがどう現れているか(私は福祉の分野での搾取のカラクリについて、今ももっと勉強したいと思い続けています)についての勉強が要ると思っていますが、それはまた今後の項で考えてみたい。

1−(5)職場内外で組合員の仲間を増やす活動
 職場の中で組合員を増やすことの必要性は言うまでもないでしょう。一方、「内外」の「外」で増やす意味と意義については、今日の労働組合運動にとっての大きなテーマの一つだと思います。私の経験では、前述1-(3)で書いた通り、全国で一つ、京都府内で支部、各職場で分会という形態でしたから、分会とともに、支部活動が日常的でした。個人的には、中央本部の役員も兼ねており、西日本一帯、特に北陸や中四国、九州等へは、よく組合作りに走り回りました。とはいえ、どの本部役員でもそうですが、私も京都支部では一人専従ですから時間調整が大変です。その支部はと言えば、府内全体でも組合員350人程度、それでも、一人でも組合員の居る職場は25ぐらいありましたから、一職場当たりの平均は10数人ぐらいでした。その後、組合員も増え、職場も増えていきますが、途中で「学童保育児童館職員労働組合」との合併によって、更に、組合員のいる職場数が増えました。この組合は、当時100人弱でしたが、多くても一職場4人、単独学童保育所なら職員自体が2人ですから、100%加入でも2人です。老人ホームなどでの新規の「空白克服」などもあって、600人組合員で、職場100といった時期もありました。とにかく、「組合のない職場に組合員を、3人にして分会を」と、そして「非公然から公然化へ」との目標でしたから、遅々ながら前進はしたのですが、ある意味、一職場一事業主(法人)ですから、職場毎に労働条件も違えば課題も違う。前述の学童保育所・児童館などは、一団体が複数の施設を運営していますから、その意味では組織活動は未だ「マシ」でした。組合員個人の相談はともかく、労働条件等はその団体との交渉でよかったからです。その最たる例として、その団体の一つに、京都市が創ったトンネル団体があり、私たちは、「市が事実上の雇用主だ」として、団交を申入、当然、拒否されますから、地労委へ審問、との経過を辿り、市が応じたことによって、事実上の勝利和解となりました(この時、「市がタオル」との見出しで、ボクシングのリングのロープの上からタオルが投げ入れられるカットを描いたビラを創ったのですが、特に女性の組合員などからは「意味不明」と総スカンを喰らったりしました)。もっとも団交応諾と「回答」とは別ですから、これはまた次の課題でした。とはいえ、民間でありながら、自治体に団交応諾義務との経過と結果は、当時のみならず、特に今日の自治体の「公務の民間化」の動向の中で、大きな今日的意義を持つ成果であったと思います。私の敬愛する弁護士の先生たちにも大いにお世話になりました。現在もまた、現役の皆さんが同じ運動に取り組み、地労委では市の応諾義務を指摘しながら市がそれを拒否し続けているという事態が起こっています。「裁判に訴えたから」というのが市の拒否の理由ですが、これは地労委命令を拒否する理由にはならず、まことに不当不遜な市の態度と言わなければなりません。
 北は峰山から南は当時の加茂町まで、府内全域に分会が散在し、それぞれ独自の課題がありましたから、各分会会議の準備にも苦労しました。とはいえ、私たちの分野では、やはり国や地方自治体の責任が大きいことからくる、「要求実現の相手」の共通性という点が、やはりこういう組織形態を採った最大の意味・意義だと思います。
 日本の多くの労働組合は、連合体とはいっても、普段の活動は各職場が基礎だと思われます。「○○KK労組」が一般的だと思います。俗に言う「企業内組合」の功罪については、私は戦後労働組合運動の総括が要ると思っていますが、やはり地域や、特に同種産業分野業種の共通性に基づき、その関連職場への組合創り、付き合いや交流が必要だと思います。特に今日、非正規の拡大や最低賃金、残業規制をはじめ労働条件の最低基準等々、職場外の力の影響が非常に大きくなっていますから、「一事業所内の社長相手」の運動だけではどうしても限界があると思われます。そういう意味を込めて、この項では、職場内「外」で、との題をつけました。もう一言言えば、この「仲間を増やす」課題を、組合員全員の、日常的な、認識にしていくこともまた、独自の、重要なテーマだと私は思っています。もっと大きく言えば、今日の非正規労働者の増大に対し、この非正規の労働者たちの身分の安定、賃金労働条件の抜本的改善の課題を掲げない限り、また掲げるだけでなく、「お客さん」ではなく、実際、ここでの組合づくり、非正規の労働者自身が自ら起ち上がることへの呼びかけ、活動への支援抜きに、既存の労働組合組合員の要求実現はないし、日本の労働運動の再生発展はあり得ないとぐらい私は思っています。

1−(6)産別要求から産別政策立案へ、雇用主相手の活動とともに対自治体・国への運動も
 私の場合は、北海道の職場も九州の職場も同じ福祉関係の集まりでしたから、職場の単位はあくまでも「分会」でした。日常的には、分会毎の活動とともに、都道府県単位での支部の活動も日常的でした。1980年代に、全国の都市部の各「保育所労組」と合併し、旧日本社会福祉労組の京都(府)支部は「全国福祉保育労組」「京都地方本部」となりました。日常的に、職場を超えた横断的な活動スタイルは変わりません。保育所もまた、都市部中心とはいえ小規模職場の散在ですから組織活動は大変です。しかし逆に言えば、運営の財源が公費であることもあって、職場の要求は園長や法人等へという活動とともに、対自治体や国への運動の方が活発でした。保育所や高齢者施設、障害児者施設、児童福祉施設、更に、通所と入所の別、福祉といっても施設だけではない福祉団体と言うべき職場(私の出身は社会福祉協議会で、文字通り福祉団体です)もあったりしますが、そういう構成からいって、比較的「産別要求」というのは議論し易かったのです。
 とはいえ企業内組合であっても、繋がりの強弱はあっても連合組織ができていたり、類似・同種の産業分野の他職場の組合と付き合いがあったりすることはあるでしょう。やはりここでも、身近な要求とともに、職場だけでは解決しにくい要求も出し合い討議すべきだし、対直接的雇用主への要求とともに、業界というか、その分野での要求へも発展させていくべきでしょう。これはやはり、分野毎に雇用主同士は連携しており、要求実現の為には、この「連携」に対しても運動していかなければならないというのが、その理由です。率直に振り返って、私の経験では、そういう意味での「園長会」への運動は大変弱く、むしろ対自治体運動への共闘相手としてのお付き合いで、私なんかも走り回っていました。分野毎に、それぞれの特徴はあると思います。京都市の保育所・児童館などは、組織率も高いし、この率をもう少し頑張って園長会等との交渉ができれば、地域の労働条件に影響を及ぼす「一般的拘束力」「特定最賃」への運動にも発展させられるのではないかと、今になって、目標として掲げたいと思っているようなことです。やはり組織率向上がカギでしょう。
 個別の要求から制度政策要求へ、更に要求から政策へ、という方向も、よく言われる通りだと思います。その分野に精通する労働者だからこそ、また職場の枠にとらわれない「横断的な」組合活動に取り組んでいる、或いはそういう視点を持っている労働者だからこそ、要求実現を、「口頭での回答」から「労働協約」へ、そして条例や法律による制度改正へとの発展方向を目指すべきでしょう。改めて前述、憲法27・28条や労基法総則の趣旨を私も、今ももっと勉強したいと思っています。後でも触れますが、身近なところでは、例えば知事や市長等の選挙の場合、労働組合も候補者と政策協定を結んだり、母体の政策立案に係わったりすることも有り得るでしょう。私は、将来、社会主義社会になった時、労働者こそ社会の主人公だ、その分野の労働者こそその分野の主人公であり専門家だと言えると思うし、別に今すぐにそうだとは言わないにしても、やはり要求に留まらない、政策立案、政策化が、当該労働者に求められてくると思いたい。
 前述、雇用主同士の連携と書きましたが、もっと言えば、分野産業毎の雇用主連携だけでなく、もっと横断的に、経済界というか、財界は、自民党に献金したり政府の政策立案に介入したりして、日常的に、制度政策を自分たちの利益増大の為に変えようとしています。労働者派遣法が典型ですし、労働時間の規制緩和、長時間過密労働、最賃の地域格差、そして社会保障改悪による天引き保険料の値上げや、挙げ句の果ては将来の年金値下げや、今日の消費税増税、等々、実質的に労働者の身を削る政治がどんどん強行されています。賃金労働条件だけでなく、自己責任の強調や、職場労働者の連帯や団結を妨げるような一人一人をバラバラにするかのような考え方や職場運営、セクハラ・パワハラも横行しています。新自由主義が跋扈しています。要するに、職場内だけで、直接の雇用主だけを相手にする運動は、あくまでも運動の入口の入口であり、最初の最初にすぎない、だからこそ、最初に書きましたが、幅広い要求討議と、それを実現するための相手が誰か、誰と力を合わせるべきか、どういう戦略が求められるか、そういう討議の深化が求められていると思います。少々の賃上げを職場内で実現したとしても、財界と自民党政府は、社会保険料や消費税率を引き上げて、元を取る、いやもっと労働者から搾り取るという手立てはいくらでもできるし、また実際にそうやっています。だからこそ、労働組合の恒常的な連合組織、ナショナルセンターの活動の必要性が増々大きくなっているということでしょう。'80年代は、時の臨調行革のたたかいと相まって、「総評」と「同盟」のその後の在り方をめぐって大論争にもなりました。私にとっては、「統一労組懇」の一員として、特に勉強の機会を得た時期でした。要は、各組合が、必要性が分かる、だけではなく、どう、その一翼を担うか、ということだと思いますが、ここが一番悩ましいというか、我が組合の独自課題とセンターの強化発展にどう貢献できるかとの兼ね合いの苦労が絶えません。そういうことも念頭に置きながら、筆を進めたいと思います。

1−(7)支援と連帯、一日共闘、課題別共闘
 組合活動時代の後半に保育所労組と合併してからは専従者も複数になりましたが、それまではずっと、学生さんにアルバイトに来てもらう以外、私一人専従でした。悩みは尽きません。大事な電話がかかってきたらどうしようかと思うとトイレに行くのも決断です。今のように着信が記録される訳でもありません。対外的な課題が多いことも悩みの一つでした。当時は争議組合も多かったのです。きょうは「○○組合の裁判傍聴に来てくれ」、明日は「××労組の銀行前抗議行動だ、是非」、等々もそうですし、私の場合、組合の性格にもよるのでしょう、共闘関係もたくさん、お付き合いがありました。「払っている組合費以上の賃上げを勝ち取ってもらわないと」と、そのあと「組合は辞めるよ」とまではさすがにその組合員も言いませんでしたが、その組合員の気持ちは当然だし痛いほどよく分かります。そんなよその組合の応援に行っているヒマがあったら、ウチ独自の専従の仕事にもっと専念したらどうかと、これは別の組合員からですが、そういう声もありました。「労災職業病共闘」とか「未組織センター(組合員を増やそうという共闘組織)」、京都市の「(福祉・保育労働者の)特殊健康診断対策会議」というのもありました。民主市政時代の頃のものです。専従の机を空けるという意味では、本部の役員として他府県への組合づくりの場合は日帰りという訳にもいきませんし、また京都府内でも、これは純粋の組合活動そのものですが、府北部などでは一泊しないとそれぞれの職場を回ることはできません。公務員の府や市の職員労組の福祉労働支部や民生支部とは、恒常的な「協議会」を創っていました。この協議会が事務局となって、また私の組合独自としても、関係者の皆さんとの共闘組織の活動にも力を入れました。保育所の保護者会や障害者団体、それも視覚・聴覚、身体、知的、精神、等々、当事者もあれば家族や保護者の組織もあったりで、それぞれ共闘組織であったりお付き合いであったり、本当に活動の幅は広い分野でした。忙しいのはいいのですが、やはり独自活動の時間が制約されるというのは、組合員に申し訳ないというか、イヤ「広い意味で、共闘の前進発展は、ひいてはウチの組合員自身の利益にも繋がっていく」と言い聞かせながらの毎日でした。前述の組合員の声もありましたが、その彼も、期待としての発言であり、全体として組合員の皆さんは、その辺りもよく理解して頂いたと感謝しています。署名集中行動などの時期には、毎晩、その集約をするのですが、仕事を終えた執行委員のメンバーたちが私の外出をカバーして、交代で書記局に詰めてもらって各分会からの活動報告を受けたりしてもらうなど、本当に頭が下がります。こういう分担も大きかった。各職場によって、勿論性格は千差万別ですが、一方では団交相手でありながら、他方、私は特に園長先生たちとの共闘の役割も受け持ち、分会回りも併せて、よく園長も訪問しました。特に、府や市への、組合と園(法人)との共通要求の調整であったり、特に知事選や市長選の折には、有志の園長と組合とで候補者の擁立とか推薦とか、政策づくりなどで意見交換をしたりして、一緒に取り組みました。やはり社会的に立場のある先生たち相手のお付き合いは、組合員同士の気安さとはまた別の気苦労も絶えません。しかし、この集会を一緒にやろう、この企画を連名でやろう、共催でやろう、等々、恒常的な共闘組織の仲間同士として、また課題毎に一緒にと、こういうお付き合いが多面的に重層的に取り組まれ、その一員として、また時にはまとめ役として活動してきたことは、個人的には、労働組合独自の活動とともに、大変勉強になりアドバイスも受け、本当にいい経験をさせて頂いたと思っています。逆説的に言えば、「身近な要求実現からは最も縁遠いと思われる課題をこそ、如何に我が事として捉え実践しうるか」といったように総括できるのではないかと思っています。
 大きく言えば、やはり仲間を増やす、味方を増やす、要求の実現を阻んでいる相手との力関係を変える、労働条件改善や、私の分野で言えば福祉拡充への、世論を広げる、関係者への影響力を広げる、等々の意義が、この共闘にはあると思います。「ひいてはウチの組合員自身の利益にも繋がっていく」というのはそういうことでしょう。

1−(8)市民運動との連携、市民的にたたかう、共闘と統一戦線の拡大強化で力関係を変える
 ある活動の局面で、私は、組合員の皆さんに、よく「純労働組合的に、そして市民的に、たたかおう」と呼びかけてきました。純粋に労働組合的に、というのは、例えば団体交渉であったりストライキであったり、また労災の申請や地方労働委員会への申立て、等々、普通の労組にとっては当たり前のことばかりであるが、私たちの分野では、例えば障害者共同作業所とか学童保育所等では、「きょうされん」とか「学童保育連絡協議会」といった、所長や通所の当事者、保護者等々との共闘組織というか、労働者も、その職場の職員の一員として参加している運動体が、社会的にも大きな役割を果たしてきたし、今も果たしておられる。そういう環境の中での呼びかけであった。共同作業所は、元々、どんな重度の障害があっても「就学免除」ではなく、教育への権利はある、との大きな運動の中で、養護学校や障害児学級、そして私たちの分野では福祉施設内の学級や分校等々の成果がえられた、その次の課題として、卒業後の進路をどうするか、保護者の皆さんが自主的に作業所を創り、簡単な作業から始められ出発した運動である。労働組合の専従でありながら、というか、労組の専従としてこそというか、私も、保育所や老人ホームづくりでもそうであったが、作業所の設置や指導員の手配等々とともに、補助金の獲得を目指す対行政へのアクションなど、これはもう福祉労働運動というより福祉市民運動とでもいうべき活動スタイルであった。だからこの呼びかけは私自身に対するものでもあったとも言える。思うに、福祉の分野では、かつての「ポストの数ほど保育所を」の運動の通り、行政施策と現実との乖離との現状で、「障害者施設や保育所を(実態に見合って)創れ」と求めてもすぐには実現しない、そこでやむなく保護者や関係者の大変なご苦労で自主的自発的に「共同」運営形態を開始、その実践と実績を背景に、行政に施策を求めていくという筋道を経て今日に至っている場合も少なくない。「君たちは『無認可』だから」と相手にされない時代も短くはなかった。篤志家とか、英米では友愛・慈善協会等、福祉の分野でも様々な歴史があるが、民間の先駆的・パイオニア的な精神、実践は、いつの時代でもその分野での開拓者である。話しが広がって恐縮だが、こういう教訓は制度発足時だけのことではない。かつて、保護者の長時間労働のあおりで「延長保育」が課題になった折り、その裏付けを市に要求しようと誰もが思ったし、また要求した。しかしそこで、「実現目指して頑張ろう」と「自主的な労働の持ち出しででも、体制を組んで延長の実践を先行させよう」との考えが交錯した。課題や程度の違いはあっても、福祉の分野ではいつもこういう類の話しが尽きない。
 京都市内での学童保育所の運営について、その一部は関係者の名前だけの団体の運営で、実質は市が事実上の雇用主だとして、団交の申入、当然市はこれを拒否、そこで地労委への審問という経過を辿った運動に取り組んだことがあった。他労組への支援の依頼行動等とともに、「純労組的に」と言うのは、こういうことを指してのことであった。
 この学童保育の申立て以外にも地労委へよく行ったのは、団交の斡旋でした。共同作業所や保育所などでは、私たちも一緒になって創っってきたり、組合員から園長になった仲間が居る職場等で、俗に「民主経営」と呼ばれるところもありましたが、一方で、組合結成自体を敵視する使用者も少なくありません。結成通知書を持って行くと「警察を呼ぶ」と言って本当に電話されたりしたところもあったりしますから、団体交渉どころではありません。正当なことだし、むしろ私たちの場合は、「子ども老人障害者の為に」とのスローガンも掲げている組合ですよと言っても話しが通じません。農地を転用したり、私財を注ぎ込まれたり、公費による運営でありながら、設立の経過からいって、やはりご自身の「財産」だとの認識が強いのでしょう。福祉は「愛と奉仕だ」との考えも、まだまだ根付いています。地労委への斡旋とともに、行政からも正常な労使関係へ指導するように求めたり、地域の他労組にも支援を呼びかけたりもしました。
 この他労組といえば、組合敵視の場合だけでなく、正常な労使関係の職場でも、分会結成の折りなどには挨拶に行ったり、また輪転機を借りに行ったり、地元の情勢をお聞きしたり、いろいろお世話になりました。その分会だけでなく、私自身も、組合活動のことや労災のことなど、府内各自治体での現地の他労組の皆さんから教えられたことも少なくありません。京都府内ではそんなことで、特に各自治体や教職員の労働組合の皆さんに、大変大きなご援助を頂きました。
 仲間を広げる、共闘を広げるという意味では、このような他労組とのお付き合いは、労働組合運動にとっての重要な要素だと思いますが、同時に、労働組合以外の団体や市民の皆さんも、この共闘の対象として一緒に活動することも大事なことだと思っています。「純労組的に」とともに「市民的に」ということの意義はもう言うまでもありません。仲間を増やす、影響力を広げる、力関係を変える。労働組合が、仕事に関係する分野であったり地域であったり、関係者や住民の要求実現という立場にも立つ。この視点抜きに、職場の身近な要求すらその実現は困難だと言っても過言ではない時代だと私は思います。
 今日の社会の大きな特徴は、第一に、消費税や社会保険料、社会保障、最賃、変形労働時間等々、要求の根本的実現の為には、一事業所の労使間の運動とともに、そこを超えた活動が求められていること、避けられないこと、第二に、同時にこのことは、他労組・他職場の非・未組合員の労働者、のみならず労働者以外の人たちも含め、共闘の客観的可能性が広がっていること、だと思います。古い話で恐縮ですが、1970年代初頭では、時の総評が、年金改善をはじめ、社会保障闘争や広く国民的諸要求を掲げるなかで、老人医療無料化をはじめ、児童手当や通勤災害、そして'74春闘では30数%もの賃上げを実現と、これは今も語り草になっています。同時に、「労働組合主義」に陥らないためにもハッキリさせておかなければなりませんが、この時期、京都は勿論、東京や大阪などでの革新民主の都府政の実現・存在が、要求実現や制度改善の決定的な力になったことは言うまでもありません。日本共産党の躍進もありました。むしろ換言すれば、そういう政治革新の運動の一翼を、政党や他の階層の諸運動とともに、労働組合も担ってきたということであったと思います。個々の要求実現の為の運動を、対自治体や対国の運動とも結合し、また政治そのものを変える運動へと発展させる中でこそ、身近で切実な要求も実現されていく。そういう関係が言えると思いますが如何でしょうか(自治体の長の姿勢と賃上げの関係については、私のHPにも拙文をアップさせて頂いています)。こういう、共闘の恒常的組織が政治自体を変えようとの方向へ発展した形態や運動を、1930年代のフランスやスペインなどの経験にちなんで、統一戦線運動と、一般に呼んでいます。次項で、もう少し書き続けます。

1−(9)身近な要求から社会全体の要求へ
 これまでの私の思いのその先の結論から言うと、労働組合運動は、日本の社会運動の一翼を担わなければならないと思う、ということです。労働組合づくりのキッカケは、やはり職場の労働条件が悪すぎる、運営が非民主的だ、等々、目の前の働き方働かされ方、身近で切実な問題です。私の経験でも、こういう職場の使用者ほど、労働組合と聞いただけで、まるで自分の財産を横取りされるかのような錯覚と誤解が先行し、敵視される場合がほとんどです。これは最初だけで収まる職場もあればずっと続く園長もおられる。こちらとしては、嫌われようが誤解が続こうが、要は団交は拒否せず、支配介入せず、差別的取扱いはやめてもらったらいいだけで、好き嫌いを問題にしているわけではありません。内緒で連絡を取り合ったりしっかり勉強したり、分会結成への準備には細心の注意が必要だし、その為に加入し結成したのだから早く「公然化」しなければならない場合と、状況によっては今少し時期を暖める場合などもありました。ようやく団交に応じてもらえても、「ウチの職員に限る」との対応はよくあることでした。ケースによっては、正面からだけでなく私も膝詰め直談判ということもありました。ある老人ホームでは、分会結成の頃、かつて国会議員までしていた理事長から「首謀者の解雇」と指示されて悩んでいた園長もおられました。この指示の手紙を、私も後で読む機会がありました。個人の点在組合員の場合など、悪い例ですが「非公然」状態が「定着」してしまうようなこともありました。 入口が長くなってしまいましたが、要するにこの項で書きたいことは、組合活動のキッカケや動機は「目の前」のことなのに、一方で私の結論は、「労働組合運動は、日本の社会をよくする運動の一翼を担う」役割を果たしたい、ということで、そのギャップをどう埋めるかとの問題意識です。落差が大きすぎる。しかしこれも結論から言えば、私はベテランの役割、幹部の役割が大きいと思う。既存の労働組合が、目の前の要求実現とその為の組合づくりの支援とともに、自らが、要求の根本的実現の為に、対自治体対国への運動を強め、政治闘争にも取組み、国民的要求をも取り上げていく、課題化していく、そういう方向への進化が求められている。昔の言葉で言えば「闘争領域の拡大」ということでしょうか。その原動力はやはり、要求実現を阻んでいる者は何か、誰か、その誰かに実現を妨げられているのは他の分野階層の誰々なのか、従って誰と力を合わせるべきなのか、等々との学習や、また要求討議自体の深化だと思います。
 冒頭記述の通り、私は市議時代は勿論、今の年金生活でも当時の組合専従時代でも共産党員であることは一貫していますから、これは今後も死ぬまで変わりません。その立場から言えば、機関としての共産党や、今、外から私が口を挟むということではなくて、現役の、労働者の党員の皆さんこそが、ここで言う「幹部の役割」を頑張って欲しいと思う。たとえ役員に選ばれていなくても、一組合員の立場からでも発信は可能です。そういう意味での前述の「役割」です。労働組合の「質的強化、組織の拡大強化」の強化とは、動員力とか団結力とか、様々なバロメーターがあるでしょう。私は、「目の前の要求実現とともに、社会の発展方向を見据える」「実利とともに権利拡大をも視野に入れることのできる」、そして「労働者の根本的要求実現の為には『搾取のカラクリ』を暴き、その止揚を究極目標として自覚する」ところの組合員の存在と占める位置が、この「強化」の指標だと、自分では思っています。こんなことを書けば、「連合」のさる女性会長からは猛反発が来そうですが、私は私の信条として、「共産党員が増えればいいな」と、どの党員でも自分の持ち場で、労働者であればその職場の同僚労働者の仲間も含めて、回りの国民の利益擁護、要求実現に貢献するのは当然ですから、そういう党員が増えることを、どの政党人でも思っている通り思っているだけですから、これは介入でも干渉でも何でもないのです。
 この章の−(4)では、「経済闘争」・「政治闘争」・「思想闘争」とも書きました。経済闘争とは実利を求める、最も直裁的な活動のことで、思想闘争と書いたのは、古い言葉かもしれませんが、例えば「会社の為に奉仕せよ」とか「賃上げは物価高になる」といった様な考え方の上での間違いを克服する勉強という意味です。労基法に「賃金は労働の対償」と書いてありますが、これは私見では、というより科学的には、間違っています。これはもっと後で触れますが、こういうことも思想闘争のテーマです。「忙しい」から○○する時間が取れない、という場合、その忙しさの原因もまた、今日、国や自治体、或いは使用者からの「攻撃」というか、長時間過密労働押しつけの故ですから、これはマルクスの言う通り「諸活動の時間確保の為にこそ、時短を」という立場に立つことが必要だと思います。こういうことも「思想闘争」の一つですね。
 今日の社会の大きな特徴は、要求実現の為にこそ、「政治闘争」の必要性が増していることだと思います。経済闘争の諸課題も、政治闘争的な様相を帯びない訳にはいかない。「最賃の引上げ」といえば、実利そのものですが、対国や都道府県への運動になるでしょう。労基法や派遣法など、要求と政治が関係している課題は、今日、特に大きくまた多くなっています。その為にも、自治体や国相手の交渉やデモ、集会、議会への働きかけ、世論に訴え、世論を広げる、いろいろな戦術の展開が求められるでしょう。こういう運動の過程で、要求の共通性、そしてこの共通の要求実現を妨げている相手の共通性から、私たちは誰と手を組んで誰を相手とすべきなのかが実践的に見えてくることでしょう。課題別共闘から、恒常的な共闘組織と恒常的なその組織での活動、小異を捨てて大同につく、そしてその運動の対象は政治そのものを変えるという方向に発展していくものだと思います。統一戦線とは、一般に、政党と労働組合や市民団体・要求実現をめざす諸団体が、こうして力と知恵を集める恒常的な共闘組織で、今の日本の社会では、「市民と野党の共闘」と呼ばれています。私見ですが、この「市民」の中に団体・労組が含まれているのかどうか、私はハッキリさせるとともにその重要な役割をしっかり位置付ける為にも、「市民と団体と野党の」と言うべきだと思っています。いずれにせよ、労働組合が、要求実現というその根本的な目的実現をめざす為にこそ、その追究の先に、こういう方向への展望と見通しを勉強していくことが求められると思っています。そしてその統一戦線の発展強化の為に、一構成団体に留まらない、積極的な役割を発揮すべきだと考えています。
 先程、「戦術の展開」と書きました。政治闘争の場合、もっと大きな「戦術」があります。社長を取り替えることは、不祥事の場合など「退陣せよ」と求めることはあっても、通常は使用者の人事の問題で、組合としては口は挟みません。一方、「政治」が要求実現運動の対象となる場合、知事や市長や内閣が要求実現を阻んでいる相手であり、しかも、あらゆる戦術を駆使してもその実現が困難な場合、勿論、めげずにそれらの戦術行使の継続とともに、他方で「合法的に」「国民の権利として」、その相手の人事に参加することができる。要求を拒み続ける相手そのものを取り代えることができる。これは大きい。それが選挙であることは言うまでもありません。政党支持の自由が前提である労働組合の団結にとって、直接、国政選挙に参加することの是非や在り方については深い議論が必要ですが、少なくとも、この統一戦線組織を代表する勢力が国会や各自治体議会で議席を占めることになっていけばいくほど、その割合の向上と要求実現とは正比例し相乗効果が発揮されていく関係になっていくことでしょう。

(追加)2024年早々には京都市長選挙があります。今これを書いているのは'23年の夏ですから、もう半年もありません。結論から言って、私は、この選挙で、労働組合がその持てる力を最大限発揮してほしいと心から願っています。要求実現の活動と選挙とでは運動の在り方も共闘組織の性格も、勿論違いますが、要求実現をめざす活動そのものとして、またはその延長線上の活動として、労働組合が選挙に取り組むことは大いに有り得ることだと思っています。特に今回の市長選挙では、国政選挙や自治体議会選挙のように、政党が自らの候補者を立てて有権者に政策公約を訴える形式とは異なり、自治体版統一戦線組織であるところの「民主市政の会」(以下「会」)が候補を立て、政策公約も創って選挙戦に取組むところに最大の特徴があります。候補を立て公約を創るのは「会」であり、その「会」は、他ならぬ各加入団体・労組の共同体であり、これらの組織で構成されています。国政選挙でも、一部、長野や高知で、政党公認というより政策協定に基づく共闘候補の出馬という例があったと思いますが、自治体では、まして京都では、この「会」型の選挙が、知事選や市長選では、既に豊かな実績も含め、定着しています。結果として、一有権者としての選択ではなく、自分たちが自分たちの要求を公約化しての選挙ですから、取り組むのに何の不思議もないと思います。要は、多くの団体の集合体ですから、自分たちが候補者を決めた、擁立したといっても、その実感の為には、やはり民主的な討議と決定、運営が必要です。ここがカギだと私は思っています。
 昔は、私も「福祉の会」という園長先生や福祉関係者の皆さんとで創る組織の一員として、擁立運動に取り組んだり候補者決定に参加したりもしてきました。各団体基礎組織での合意、批准、推薦等の手続きが大切だと思っています。公約政策については、各団体が自ら創り、立てる候補者との政策協定で、この点はクリアできると思います。政党を選ぶ選挙とは違いますから、政党支持の自由の原則から外れる訳ではありません。むしろ要求実現の為の戦術としては、結果によっては最大の効果をもたらす方法でしょう。自分たちだけではなく民主勢力全体の力関係の中での勝負ですから、普段からの、自分たちの組織の拡大強化とともに、この勢力全体の組織の拡大強化。力量アップにどれだけその一翼として貢献しうるか、してきているか、そういうことも問われる機会だと思います。
 それでも、自民党推薦の他候補を応援したいという組合員がおられる場合もあるでしょう。その点は、本当に要求実現の為にどうかという議論を尽くすしか方法はないと思います。逆に言えば、そうすれば必ずその認識は変わるハズだと確信します。普段でも、ある組合員の要求が他の組合員から見て合意できなかったり納得できなかったりということはいくらでもあるわけですから、そこはやはり討議を尽くしていくということなのでしょう。その深さの度合いが、またその組織を強区していくプロセスなのだと私は思います。機会があればそういう場にも是非私も参加したいものです。
 「野党共闘」とか「市民と野党の〜」とよく言われるわけですが、私は率直に言って、国政段階でも、結果として日本共産党だけ − 政党としての参加は − の場合であっても、これは立派な統一戦線であり共闘組織だと思っています。但しその場合、党以外の各団体個人からの候補者の擁立等の動きも必要でしょう。そういうことが可能かどうか、いずれにせよ、この統一戦線組織の有力構成団体としての労働組合の社会的役割の発揮が求められると思っています。

1−(10)そして最後に、「賃上げ」から「賃金制度の廃止」へ、との学習を…
 労働組合として目指したいと自分なりに思ってきたことをこの原稿の最初に挙げ、その各項目毎に思いつくままに書いてきましたがましたが、いよいよ、その最後までやってきました。しかしこのテーマは、深く、重く、単純ではありません。経験だけでなく抽象的な思考も必要です。そこで、1−(10)としてでなく、項を改めて、以下、私なりの考えを書き綴っていきたいと思います。

2、「賃上げ」から「賃金制度の廃止」へ、との学習を

 この表題は、ご承知の方もおられるかと思いますが、マルクスの言葉からの引用です。「賃金・価格・利潤」という講演の原稿の最後の部分です。賃上げは、労働者なら誰でもが願っている最初で最大の要求です。ではあなた賃上げ要求額はいくらですか。多い方がよい。それはそうでしょう。しかしこれでは社長への要求書にもなりません。では例えば2万円がいいですか。仮定ですがではそれが実現したならそれでいいですか。もう2万円要求しますか。それとも、成果に関係なく年齢給を、一時金や手当を多く、みんな一所懸命に仕事しているから人事考課はやめよう、等々、額だけでなく賃金形態と俗に言っていますが、賃金の在り方というか構成の仕方、賃金表自体等に対する改善要求も、討論し合えばいろいろと出てくるでしょう。働き甲斐のある職業に就くのは目標ではありますが、一方で、労働者は職業を選んでおれない、まず喰うために働かなければならないという現実があります。いくらあれば満足だという前に、毎月、とりあえずあと2万円必要だ。目の前の生活を何とかしたい。私の好きな言葉の一つに「人間は何故生きるのか考える前にまず生きてきた」というのがあります。いかにも労働者的というか人間的です。歴史は、まず目の前の改善の積み重ねから始まってきたし発展してきたと言えると思います。
 同時に、ハチや蜘蛛は精緻な巣を作るけれども予め完成品を想定しているわけではなくただせっせと働いているだけなのに対し、人間は、完成品を念頭に置きながらそのものを創っているといわれます。「設計図」が典型です。では賃金形態の設計図とはどういうものか、賃金のあるべき姿・額とはどういうものか、その前に何故低いのか、どうすれば上がるのか、そもそも賃金とは何か、等々と思いをめぐらせば、いろいろな考えや疑問が湧いてくることでしょう。「賃金制度の廃止」とはどういうことか、この2項ではこういう疑問について考えてみたい。

(1)あなたの賃金は、何故○○円なのか
 「賃金は労働の対価」(労基法では「対償」と書いていますが)だとよく言われます。確かに、働く代償として、働く代わりに、契約的に言えば、働く義務と賃金を受け取る権利(経営者から言えば働いてもらう権利と賃金支払い義務と)と、と言った意味ではその通りでしょう。しかし、いくらこう言っても、額がいくらかという根拠は全然明らかになりません。利潤の分け前だという人もいます。しかしまず私のいた福祉職場では、少なくとも「利潤」なんてありません。仕事の対償と言っても、では保育や介護の仕事がいくらぐらいの値打ちがあるのかと言われても、これは客観的な根拠は挙げようがない。エッセンシャルワークという尊い仕事でありながらとてもそれには見合っていないということは分かっても、ではいくら見合っていないかという数字は分かりようがない。これらの分野では、国がその額を決める基準に、最近変わっていなければ、回り回って公務員の賃金表が目安にされているハズですが、ではその公務員の賃金も、賃金表の、なぜこの数字なのかの根拠は分かりません。格付けや昇給はそれなりの根拠があり、また人勧で何%上下したから毎年掛け算するといっても、では最初の賃金表の根拠は不明です。結局これは、人勧がいう通り、民間の労働者の賃金が基準になっているということでしょう。ではその民間の賃金の根拠は何か。ある事業所で、材料代に100、労働者がそれを加工して創った商品が300で売れて(この数字も、社長の恣意的な値付けではなく根拠のある数字だということも、後で触れなければなりません)、残200のうち、社長は、いくらを次の生産に宛て、そしていくらを賃金に宛て、いくらを自身の利益として獲得するか。次の材料代にやはり100を充てて再生産するとすれば、残りの100を、自分の利益と賃金と、いくらづつで分けるかというその割合や額の根拠は何でしょうか。90:10か、それとも10:90か、それはどうにでも分け得るし、また客観的な基準はと言えば、それは誰にも分からない(社長は主観的には一番よく知っておられるでしょうが)。結果的には労使の話し合いで、または話合いで解決しなければ(しないからこそ)団体交渉で、決めるということになっていくとしか言いようがありません。だから、利潤の分け前だとか一部だとかと言っても、原資はそうかも知れないけれど、その額の、数字の根拠はと問われれば、全く何の説明にもなっていません。団体交渉だけで、或いは個々の事業所単位だけで決まるとすれば、今の日本の産業構造から言えば、それこそ、今日の、「労働貴族」と非正規不安定雇用労働者との格差でさえ比較にならないぐらい、もっと大きな、それこそピンからキリまでの賃金額の違いが生まれるでしょう。よく、物価一般について、その値段は需要と供給の関係で決まる、などと「経済学」(「」付きなのは、私は、全面的ではないと言う意味で、必ずしも正しい経済学とは思っていないという意味ですが)のテキストなどで書かれていますが、ではその需給の変化による物価変動の「基準」(こちらは、強調の為の「」です)となる額、数字の根拠は何かということには触れていないことが多いのです。根拠となる基準を前提とした上での需給変動による物価変動というのは正しいとは思いますが、ではその基準とは何か。
(2)
 私は別に「資本論」の解説を書くつもりではないし、そんな力もあるハズがありません。是非、直接読んで頂くことを期待しますが、マルクスは、「ある物Aとある物Bが同じ値段だということは、ABに共通の「モノ」があるハズだ、そしてそれは結局は人間労働の成果であり、ABとCが異なる値段なのは、そこに費やされた労働の量の違いだという意味のことを書いています。私なりの超短縮解釈です。創る物の使い道(使用価値)が異なることは、この場合、値段の違いの説明にはなり得ない、労働の成果のことを「価値」と、区別して説明しています。値段の違いは価値の違いであり、それは労働の量の違いだという訳です。私なりに例を挙げれば、イワシよりタイの方が値が高いとすれば(最近は変わってきているかも知れませんが)、それは、他方よりおいしいからでも栄養があるからでもなく、それらを獲るのにかかる労力の違いによるということになるでしょう。更にマルクスは筆を進め、資本家全体が利益を得ているのは、誰かが、その価値以上に値を付けて売ったりしているからではなく(実際は、今の社会ではそういうことが横行しているとはいえ、彼の書いているのはあくまでも仕組の原理です)、社会全体での価値通りの売買の結果である。ではその利益はどこから出てくるか。考え抜いた末の大発見は、ある商品を買って、その消費自体が新たな価値を生むような商品があるからだ、その商品の消費から利益が生まれる。それが「労働力」だと言う訳です。前に賃金は「労働の対償」ではないと書きましたが(○ページ)、労働の対償なら前ページの残200または再生産費を除いた100は全て労働者の取り分となって資本家の利益が生まれないことになってしまいます。これは実際の現実とは合いません。労働は実際の労働であり、労働力とは、その労働者が持っている働く能力という意味ですから、一般の商品と同様、その労働力を創るのに必要な栄養や生活、睡眠の為の住居や蒲団等々の値段が、その労働力の値段ということになるという訳ですね。これが賃金だと言う訳です。資本家は、別に意地悪をする訳ではなく、労働力を買って価値通りに賃金を払うという極めてまっとうな商売をしてなお且つ利益を得るというのは、他ならぬこの労働力が、その労働力の価値以上の価値を創り出すからということが、今日の社会のカラクリだと言う訳です。
(3)
 最近は、見かけることが少なくなって本当に残念ですが、かつては、正しい経済学のテキストが数多く発行されていました。しかし敢えて私なりに欲を言えば、上のカラクリについて、例えば「8時間働いて、そのうち賃金として受け取るのは4時間分とか3時間分だけで、残りの4時間5時間はタダ働きです」と言って、棒線が描かれ、端から端が8時間、中間に印を付けてこちら3時間、こちら5時間等と区切って区別される説明が多かったように思います。これは、賃金「部分」の3〜4時間分を「必要労働時間」、タダ働き「部分」を「剰余労働時間」と言って、マルクス自身が「時間」と書いてきたことによるからだと思います。しかし敢えて言えば、以下のような私流の説明の方が分かり易いのではないかと、自分では思っています。
 一日の労働を賃金部分とタダ働き部分に、時間で分けるというのは、あくまでも結果として、そういう時間配分に相等するということであって、「時間」というよりも、「何時間分に相等する」と言った方がいいと私は思います。つまりこうです。原始共産制社会において、人間が生きながらえる為には一日パン一個が必要だとした場合、例えば10人の集団がみんなで力を合わせてやっとパン10個を創ることができた時代には、誰か2個を独占すれば餓死した1人が欠け集団としての10個の生産力が損なわれてしまうから、必然的にみんなが平等であった。その後、鉄の発見とか狩猟から農耕へ、等々といろいろ言われていますが、やがてパンを創る技術の発展で生産力が向上してきた。11個から12個へ、15個から20個、30個へと、等々。11個の時代、誰かが2個を独占、この時から「持てる者、横取りした者」と、相変わらず「一日一個の分け前の者」との分裂が始まったというのが、例の「共産党宣言」の冒頭で言う「階級社会」の始まりとのことですが、結論から言って、今日の社会では、勿論一日パン100個分に相等するぐらいの健康で文化的な生活水準の向上は言うまでもありませんが、はるかにそれ以上に、千個でも一万個にでも相等するような生産力の向上がめざましい。つまり階級社会時代以降、人間は、同じ時間単位あたり、生き続ける為のモノの量よりも、はるかに大きな量のモノを生産する力を持つに至っている。その「剰余生産物」を誰がどのようなカラクリで獲得するのか、というのが歴史の流れであり発展方向だと私は理解しています。要は、人間が食べる量と創る量とは、そもそもが全く別の概念というか、結果としてなら比較することはできる、というような関係だと思います。それが、分母8時間労働とした場合、どれ位の比率に分けることが出来るだろうかという説明を、マルクスは「時間」と言えば分かり易いだろうと思ったと、私は思うのです。棒線にすると、「別の概念」ということが、却って分かりにくくなるのではと、今の時点での私の感想です。あくまでもパン1個は労働力の価格であり賃金は労働力の価格であって、その労働者が創り出す価値とは、直接的には関係がありません。ただ、結果としてのそれらの量の比較はできるということだろうと思っています。最初の3〜4時間を「自分の賃金の為の労働」、後の5〜4時間は「タダ働き」という、実際の仕事の場面での、そういう区別ではない、あくまでも分かり易く説明する為の比喩的例示とでも言ったことだと私は思いますが如何でしょうか。
(4)あくまでも賃金とは労働力の価格である
 ここで、一つの誤解も解いておかなければなりません。低賃金の原因は「価値以下」の賃金しか払われないからだという誤解です。実際、今日の日本では「価値以下」の賃金水準が横行していることは事実でしょうが、それは低賃金に更に「輪をかけて増幅(減幅)している」ということであって、本質は「価値通りに支払われてもやはり低賃金だ」ということだろうと思います。なぜそう言えるのか。社会の発展に従って労働力の価値は大きくなっていかなければならないし、また実際、大きくなっています。一般に生産力が向上すれば、同じ量のモノを創る労力が節約され労働力を維持涵養する諸物資の価格が下がり、労働力の価値も下がることになりますが、私は、それ以上に、文化的水準の向上による労働力の価値の上昇という点を挙げたいと思います。然るに、常に、賃金はその水準に追いついていないからというのがその理由です。一方、需給や労使の力関係によっては、「価値以上の」賃金は有り得るか。しかし残念ながらこれも、通常は有り得ないというのが正解でしょう。同じ理由によって。仮に一時的に有り得たとしても、これは「物価の需給曲線」としてよく示される上下動の波線と同様、労働力も商品ですから、その基準線、つまり労働力の価値に収斂されるという経過を辿ることになるでしょう。繰り返しますが、括弧付き「経済学」テキストでは、この真ん中の基準線が無いまま波だけが漂っていることに他なりません。
(5)
 この章の最初に賃上げ要求の「行き着く先」について少し書きました。直前の(4)項では「やはり低賃金」と書きました。「生活が苦しい」という現実、目の前の暮らしから言えば、やはり低賃金の事実は言うまでもありません。しかし一方、ではどこまでアップすれば満足できるのか。その水準とは一体どの辺りのことを言うのか。それが問題だ。とは言いながら、一方、そんな思索に耽っているほど労働者の生活に余裕があるわけでもありません。「まず生きている」という現実と、「設計図」という見通しとの関係をどう考えるか。今日、長時間過密労働や不安定雇用がまん延し、名目賃金額だけを見ていても低賃金なのに、更に構造的低賃金とも言えるような社会となってしまっています。私は、そんな社会の現実があるからこそ、目の前の運動とともに、「設計図と満足水準」についての、思索ならぬ探求は要ると思っています。私の結論は、賃金の額とともに、前述の例で言えば、その額と、労働者がその労働によって創り出すモノの量との比較、その差、その割合こそにも、こだわるべきだと思っています。申し遅れましたが、このタダ働きのことを、「搾取」と言い、また、タダ働き分/賃金分=創り出す量/労働力の価格、の割合のことを「搾取率」と言うと、これは正しい経済学のテキストに説明されている通りです。ちなみに、もう30年程も前のテキストに、日本社会の平均的水準として搾取率300%ぐらいと推計されていましたから、今ではもっと高い率になっていることでしょう。どなたか、是非、研究してみて頂きたいと期待しています。300%といえば6/2ですから、搾取が無くなった暁の社会では、労働時間は2時間で済むということになります。もっとも、福祉や公共の分野の為に、実際にはもう少し長くなるでしょうけれども。この辺りのことは、やはりマルクスが「ゴータ綱領批判」という文献で少し触れています。
(6)貧困とはどういう状態のことを言うのか
 私のこの拙文の出発点は福祉分野の労働組合運動の思い出であり、元々の仕事や学生時代は福祉の仕事や勉強でした。「貧困とは」というテーマは、今も多くの研究者によって多様に論じられていますが、私がこういう道に進んだ入口は「貧乏退治」ということで、その退治の為には「搾取の無い社会」を創るということが、私なりの勉強の結論です。自分の創ったモノが自分のモノにならないで、しかも他人の利益の為のタダ働きの存在ということ自体が、私なりの貧困の定義ですから、その退治の方向も、当然この結論の通りです。法学とか経済学などに対し、福祉と言えばマイナーな印象を受ける分野で、私なんかの学生時代は、本当に少数派で、社会政策からの展開もあれば心理学を志す学友などもいました。今でこそ、少子化とか介護等々、社会全体の問題にもなっているのは、全体として前向きの時代の変化だとは思いますが、政府の低福祉政策のラッパ吹きのような御用学者は論外としても、進歩的な学者でも、私のようなことを端的に言う先生は皆無に等しい現状です。井上の言うようなことは、敢えて言えば、一頃の「マル経」の課題ではないか、というのが大方の福祉研究者の立場だろうとは思います。福祉という分野もその幅の広狭はピンからキリまであって、一般には、医療や年金等の社会保険、公的扶助、各種手当て等とともに、社会保障の一分野と言われ、「福祉サービス」などと分類されています。保育所や老人ホームの運営であったり、在宅や地域の福祉であったり、ケースワークとかソーシャルワーク等々と言われたりもしています。吾が日本国憲法では、「国は、…社会福祉、社会保障…の向上…」と書いていますから、少なくとも、社会保障の一環としての範囲よりももう少し広い使い方をしているようにも読めます。多くの法律でも、まず最初に「…もって、〇〇と福祉の向上に資することを目的とする」といったような条項を置いているものも少なくない。私はもっと広く、例えば「我らはさきに日本国憲法を確定し、…世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した」と教育基本法前文にあるような、「人類の福祉」的な「福祉」を考えてきました。辿り着いた先は、言うまでもなく日本共産党の活動であったわけですが、政治活動だけでなく、もっと学問や研究の分野からのアプローチでも、私見のような貧困論や福祉観があってもいいと思っています。是非、深めたいと思いますが、それは私的なことですので、本論に戻さなければなりません。賃上げから「賃金制度廃止」への方向についてでした。
(7)
 マルクスやエンゲルスによると、「現代の社会では労働組合活動は生活を守る為に絶対に必要だが、一方、もっと先を見越した運動も必要である」との趣旨のことを強調しています。賃上げ等、目の前のことだけに活動を限定させることは、その目の前の運動自体も結局はうまくいかないだろう」という意味のことを繰り返しています。「労働組合は、…その組織された力を労働者階級の終局的解放即ち賃金制度の最終的廃止の為のテコとして使うことをしないならば、それは全面的に失敗する」(マルクス「賃金・価格・利潤」)。
「労働者階級の経済上の屈辱の内容をなすものは賃金の高い低いではない。この屈辱は、労働者階級が自分の労働に対して、この労働の全生産物を受け取る代わりに、賃金と名付けられる自分自身の生産物の一部分で満足させられているという事実のうちに含まれている。資本家は、労働手段の所有者であるという理由で、全生産物を着服する。労働者階級が一切の労働手段の所有者となり、それによってまた自分自身の労働の生産物の所有者となるまでは、労働者階級の真の救いはない」(エンゲルス「賃金制度」)。

とりあえず今回はここまでです。続きは、また近日、アップします。上の部分も推敲し直します。第一次原稿です。

(8)「人間は何の為に生きているのかを考える前にまず生きてきた」
 この小見出しは、学生時代に読んでいた党発行の「学生新聞」に載っていた、どこかの大学の先生の言葉で、「私の好きな言葉」のひとつです。
 そこで勿論、先程来のようなことを言ったり引用したりするからといって、「目の前の」「生活を守るための」活動を軽視するわけでは決してありません。むしろ、「まず生きている」という現実から言えば、実際は、その為の活動の方が先行しないわけにはいかない。一般的に言えば、大企業であるほど、常に利潤の拡大が目的ですから、それへの抵抗がなければ賃金労働条件は悪い方へ低い方へと向かわないわけにはいかない。例の「価値以下」への切り下げです。特に今日の社会では、人間らしい生活の為には、文化的な要素が非常に大きくなっていると思いますから、それだけ「労働力の価値」も、一方で生活資材の価値は生産力の向上によって低くなっているとはいっても、それ以上に上がっていっているハズです。生産力の向上に伴って人間の生活ももっともっと豊かになっていかなければならない。だからせめて「価値通りに賃金よこせ」というのはいわば最低限の要求であって、またこの抵抗や運動というものなしには、どんどん切り下げられていく。
 東京都立大学だけでなく労働者教育協会でも教育研究・実践活動されてこられた金子ハルオ先生の「経済学(上)」(新日本新書、1968年)では、「労働者階級の賃金闘争および経済闘争は、…賃金の低下を食い止める基本的要因であり、…きわめて切実で重要な意義をもっています。しかし、(これらには)一定の限界があることを忘れてはなりません。…自分の労働力を売る諸条件を改善しようとする闘争です。経済闘争だけでは、資本主義の搾取をなくし、労働者階級の状態を根本から変革することはできません。…政治闘争が必要です。… 長期的な展望のうちに…そのつどの経済闘争もまた着実に前進できるのです」と、見事に、このあたりの両面の関係を簡潔に書かれています。私も実は、日本共産党が、目の前の、当面の政策において、正しい方向を打ち出し得るのは、その先の将来の見通しについても、即ち、右のマルクスやエンゲルスの表現では「賃金制度の廃止」、要するに資本主義を乗り越える新しい社会をも見通しながらの当面の活動だからこそ、だと、常々、思っていますが、要するに両面だということだと思います。
 ちなみに、かつては社会党も「社会主義」とは言っていましたが、現在では、共産党以外の各党は、将来展望としても、今日の資本主義の枠外を見通しているとは思えません。勿論、今すぐにどうこうという話しにはなりませんが、勉強と、展望を持つことはやはり必要だと思います。今の目の前での正しい方針を持つためにも。加えて、今日の「経済学」が、私にとって今一つ面白くないのは、現状の一面を説くという意味では意味があるかも知れないが、全面的でないという意味では、やはりある一定の、資本主義社会の枠内という範囲内での議論でしかないからでしょう。
 レーニン「青年同盟の任務」ではありませんが、「学び学び更に学べ」という訳で、私も組合時代には、組合員の皆さんに呼びかけて、勤労者通信大学労働組合コースを一緒に勉強したりしていました。また個人的には、その後市会議員になってからも同コースを受講したりしてきました。労働者の皆さんには絶対にお勧めですし、各労働組合等でも、是非、組織方針として、集団的に取り組まれるよう期待したい。難しくありませんし、私からも応援は可能です。基礎コースも併用されればバッチリですね。




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