公園廃止の取消を求める裁判
No.709
'23年11月、京都市が、大型給食センター建設用地に充てるため、南区の東吉祥院公園を廃止。翌年5月、この廃止の取消を求めて裁判へ。公園自体や災害時の避難場所、スポーツの環境を奪われる、近隣にお住まいの方々や、私のように、当時、孫が中学生だったことから、給食は自校方式でと望む立場からの者たちも含め、原告に名を連ねて訴えました。先日、3月17日は、いよいよ最後の「最終陳述」。弁護士の先生たちから、廃止は廃止要件を満たしておらず違法であり、取り消されるべき、と陳述して頂きました。裁判長から、判決は4月23日(木)午後1時半から、との話があり、この日は終了、その後の報告集会で感想などを出し合いました。
以下、私なりに、この間を振り返った経過を書きましたので、転載します。写真は、当日裁判後の報告集会の様子と、地方裁判所外観です。
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<経過を振り返って>
最裁判も大詰めを迎えました。最終磐の運動の参考に、これまでの経過を私なりに振り返ってみました。 '26/2/10 井上けんじ
市は「廃止」と言いながら、公園の必要性がなくなったとかその程度が低くなった等とは言わない、言えない(「スポーツ公園充足」論も、いわば弁解の類で、積極的に廃止の根拠となるものではない)。公園自体の必要性の有無や程度は全く議論がなく、都市計画審議会(以下「都計審」)でも「(代替公園も)種別が同じだから」程度の話しだけ。センターと自校・親子方式との、それぞれの特徴や功罪等々の比較検討や、そもそも「廃止」の可否自体についての議論がない。「種別が同じ」「面積確保」等は、本来の廃止理由があった上での条件の話しであり弁解であって、直接の廃止の理由にはならない。'23/11/22の説明会では「未定」と言いながら、その2日後に文市局が廃止の起案、11/30廃止としているが、その時の「廃止の理由」欄の「代替設置の為」も本来の理由にはなりえないことは明らかである。
初めにセンターありき、民間大手の営利事業への委託ありき、が本質だと思う。ところが市は、説明会や都計審理由書では「センター建設の為」と言いながら、実際の都計審の場では「それは文市が廃止した時の経過の説明で、廃止議案とセンターは無関係」の一点張り。市と打合せ済みだと思われるが、委員長も「センターのことは知らない。既に廃止との実態に合わせる。廃止しなければ公園残ってしまう」等々。自校方式にすればセンターは不必要、公園も廃止しなくて済む。調理過程が見えてこそ教育としての給食、との私たちの建設的代案も提起。遠くて行けないことが決定的であり、「代替」としての要件を満たしておらず廃止は違法、取り消されるべき。
都市計画法では「(都市計画は)審議会の議を経て決定、変更」。,箸海蹐市長告示の「廃止」は、その議を経ていない。都市公園法による「廃止」も代替要件を満たさず違法。従ってこの違法な「廃止」を「既に廃止されているから」とする審議会への提案理由も不成立。従って審議会も前提崩壊でその議決も無効。審議会自身も、市民の意見書につき、センター関連意見の排除、恣意的な提出、公聴会未開催の理由を明らかにしない等々の問題あり。
以上、超短縮版の経過と私見ですが、私の経過解釈と意見を裏付ける為にも、以下、もう少し詳しい経過を振り返ります。
2024年5月、京都市による「東吉祥院公園の廃止」処分の取消・撤回を求める訴えを提出。論点は3つ。仝園廃止の場合、都市公園法上「代替公園」確保が要件だが、それを満たしておらず違法、△燭世任気┥ない市のスポーツ公園を減らすことになる、8園廃止の目的は「大型給食工場」建設用地に充てる為、であることから、各自校方式にすれば廃止の根拠がなくなる、との給食提供方式への提案。
時々のスローガンや目標に変遷はあるものの「小学校のような、全員制の中学校給食」の実現を求める市民運動が20〜30年来取り組まれ、遂に市と市教委が、2023年1月、実施を発表。長年、市は(親の)「愛情弁当」論を掲げ、後ろ向き。「給食」とされた後も、実際は業者の弁当で、それも全員ではなく申込者への提供だけ(申込みは20%前後、又はそれ以下)。申し込まない生徒は自宅からの弁当持参やパン等を買っての昼食でした。長年、背を向けていたのに、市と市教委は、1月の実施発表後、その10〜11月頃、突然、高校移転で公園に戻るハズの場所に大型給食センターを建てると言い出しました。「自校方式ではなく大型給食工場による一括調理・配送方式」を決定、その場所として、塔南高校グランド跡地(元々、公園だった土地を市が市教委に高校用地として占用を許可、この頃、高校の移転によりその役割を終えることになった土地、公園)を充てることが決定されたものです。23/11/9の京都新聞でも「消極一転スピード決定、長年消極的だったが、今年、突然表明してから10か月足らずで方式や時期を固めた」との記事。
今回の公園廃止は、センター建設が目的で、これは、市も市教委も、再三言ったり書いたりしている。今頃になって、市と市教委は「子育て支援」とか「持続可能な」などと、とって付けた理由でセンター化をごり押ししようとしています。ではこの10年来、背を向けてきたことをどう総括しているのか、そのことを曖昧にしたまま、今、急に中学校給食の「意義や必要性」の問題と、「その方式」との議論を、意図的に混同させ、意義があり必要だ、だからセンターだと一足飛びに押し付けようとしているのです。これが前段の経過です。
1、23/11/8、議会で、中学校給食について大型給食工場方式で、と市教委が発表。地元としては、同/13付、市教委「公園廃止説明会」とのチラシがいわば発端。「塔南高校が移転、給食工場を計画、そこで、公園の廃止について説明会を開く」。11/22にその説明会。資料曰く「公用・民間含め有効活用を検討しているところです」「センター方式導入、高校グランド跡地に整備の計画」そこで「公園を廃止する」(甲2号証)。 峺‘い靴討い襪箸海蹇廚覆匹判颪ながらその同じ文書に「公園廃止」。⊇仞覆市教委だけの異常。一行政委員会ではないか。市長部局の中の某局ではない。市教委は市から許可をもらって占用、いわば借地人で地主は京都市なのに、なぜその市教委が廃止の説明をするのか?「市長部局とは打ち合わせた上」との言い分は、百歩譲って「今後土地をもらう立場だから」と言ってみたとしても、敢えて市長部局欠席の理由にはならない、出席を妨げる積極的な理由にはならない、出席した方がより丁寧なのは明らか。F辰紡綢惴園の説明は市長部局の責任と権限。実際、代替公園を手配したのは建設局等。「16条2項」との説明は2号の誤りで説明不備。「センターの説明会なのか公園廃止の説明会なのかどちらか」との質問が出たのは当然。市教委の説明では「都市計画法に基づく廃止に向けて手続き を進めていく、代替公園整備の上で廃止…四公園を地域の皆さんの憩いの場となるようにしていきたい、代替公園確保を条件に廃止、手続きのスケジュールは未定」等と言いながら、後述の通り2日後には「廃止」起案。「整備の上」も「確保を条件」も抜きに。時期も不明の先送り。説明会は紛糾のまま終了。
2、市教委が市に返してから廃止したのか、借りている状態のまま(市から言えば貸しているまま)廃止したのか、その後井上から文化市民局に聞いたが曖昧な返事で判然としない。後になって「廃止と同時」と、とってつけたような返事であった。しかし今にして思えば、「12/1に文化市民局から教育委員会に移管」と議会でも答弁、また11/24に廃止の起案をしたのは文化市民局だから、少なくともこの日には既に市に返却されていたハズだと思える。許可申請までして借り、市長も「公園が荒廃しないように」等々との許可条件まで付けて貸し出す等の経過のある占用許可なのに、返却の手続きが全く不明朗。その後、議会答弁や'24/3/8付「南区考える会」の要望への市教委からの回答等でも、市は「廃止後の所管は12/1に教育委員会に移した」とはいうものの、これは勿論市長部局から移したということだから、ではその前の「市教委から市長への返却、占用許可解除」の時期や手続きはどうだったのか、という点は、市も市教委も一貫して曖昧にしたまま。意図的になのか、そんなことはどうでもいいと思っているのか(だとすれば杜撰極まりない)、「市教委へ移した」こととを意図的に混同。
3、その「廃止」だが、11/22説明会では「未定」と言っていたのに、その僅か2日後の/24、その説明会に出席もしておらず従ってそのリアルな様子の体感もない文化市民局が廃止の起案。説明会は全くのアリバイだったのか。その廃止の理由には「代替公園設置」とのことだが、これは要件であって理由とは言えない。これが理由なら市内どこにでも自称代替公園を設けさえすれば、その必要性の有無や程度等無関係にどこでも公園を自在になくすことができてしまう。同/29に市長名で告示、翌/30に廃止とされている。不思議なことに、その直後の12/5、その廃止の経過について議論された市議会委員会では、その文市局が「公園の所管につき12/1に教育委員会に移管した」と言うだけで、質疑としては当然、5日前の「廃止」の報告をすべき流れなのに、告示や廃止のことは全く報告せず。翌/6日の別の委員会でも、今度は建設局だが「教育委員会と文化市民局で廃止の手続きを進めているということをお聞きはしているが…詳細は把握できていなかった…」と、「代替公園」確保の責任部局でありながら驚くべき答弁。
4、市は長年、背を向けてきたのに、やっと‘23年初めに重い腰を上げた。)寨茲覆藥圓鳳いて10年の総括が要る。給食要求は、前提として原則自校方式であった。
/22の説明会でも、その要望も出された。従って、10年の総括は仮に横に置いたとしても、やっと実現との到達の上に、では次の課題として「方式」の検討に移るはずであった。ところが市は、少子化対策に資する為、等と、給食の意義ならぬセンターの「意義と根拠」へ議論を飛躍させる。給食の意義・根拠と、その方式のあり方とは問題が別なのに、意図的に混同させ、給食の意義をセンター方式の根拠にすり替え。これは、10年間背を向けてきたことを曖昧に済ませたいのと、しかしやっと気づいた意義を、今度は自分たちこそ先駆だと言わんばかりに、方式の検討抜きに一足飛びに、無理矢理センターに直結させたいからである。辛うじて、区別して方式独自のことを言うとしても、「持続可能」程度のことしか理由を挙げられない。私は、給食の意義に気が付くのが遅かったと非難しているのではなく、意義の点で一致できた今、その到達の上に、では今度は方式の議論をしましょうと言っているだけである。
5、'23/11月末のどさくさ紛れの「廃止」を私たちが知ったのは、翌'24/1月下旬の
「都市計画審議会への市民意見募集のチラシ」が出回ったことによってであった。市は「HPに掲載」とのことだが、多くの市民が細かい部分まで見ている訳ではない。そのHPを、私は'24/1/29に見たが、それは市教委の'23/11/28付のページで「吉祥院公園の廃止について」とあり、「塔南高校は開建高校として元洛陽高校跡地に移転…跡地活用を進めていく…この活用の一つとして…給食センター建設を計画…そこで廃止することについて…説明会を実施したのでお知らせします」とある。見出しは「廃止」と言いながら本文では「説明会を実施したので、お知らせします」となっている。
6、「廃止」の手続きについて公園法には書かれていないので、電話で市に聞いたところ、「開設の場合の『告示』という方法を準用した」との回答であった。しかしこれは独断的且つ恣意的な解釈であって、そもそも16条は公園の「保存」と謳われ「こういう場合は廃止してよい」ではなく「みだりに廃止してはならない、こういう場合以外ダメ」であり、よほど例外的なこととしている。万一廃止の場合にはよほど慎重な手続きが要るということだと思う。そもそも都市計画上の都市施設である公園を、都市計画の手続きを経ないで、どうして「廃止」できるのか? そしてその都市計画審議会では「既に廃止されているから」が廃止議案の理由とされ前提とされているのである。これは同義反復であり堂々巡りであり自家撞着であって、市長の恣意的な独断で何かを決定しそれを既決とするならば、都市計画審議会は形骸化どころか無くてもいいということにさえなりかねない。’23/11/30の廃止は手続き上の疑義があり、従ってまたその「廃止」を提案理由とする審議会の議決は無効であり差し戻されるべきである、審議会で言われていた「防空緑地」云々や「公園の計画はない」との廃止「理由」は、前者は戦前の防空など今日不要なのは当たり前でとってつけた代物、この際どさくさ紛れの寄せ集めの類で、後者は単に方針を述べているにすぎない。答弁書では11月の一般的な説明会と都市計画法上の手続きとを混同し、両者の区別を知ってか知らずか曖昧にしているようであるが(P23)、説明会開催をもって、公聴会を開いたなどとは到底言えないことは明らかだし、説明会は紛糾のまま終わった。審議会については、市には公聴会開催を必要と認めなかった理由を明らかにする責任がある。
7、2/5の市長選挙で新市長の意向による変更があり得るにも拘わらず、その直前の1月 下旬、「廃止に向けての都市計画審議会への意見募集」のチラシが出回った。当審議会の議題は「公園の廃止」だが、その理由が「既に廃止されているから」「センター建設の為」というものであった。廃止云々の議題は、市長の独断ではなく審議会でこそ、一から議論すべきであり、追認を求めるかのような提案理由は、前提でもないし、また提案理由になっていない。経過から言えば、 23/12/1に市長により「廃止」、その後、⇒癲24/3/28の都市計画審議会でも「廃止」が議決された。しかし,蓮都市計画法上の手続きを経ておらず違法である。被告答弁書でも(P23)上の,鉢△亮蠡海を意図的にかどうか、混同し、ごちゃ混ぜにして、その違いを無視ないしは曖昧にしている。今後、市が「,呂箸發く、△砲弔い討亘‐紊亮蠡海を踏んでいる」と、主張してきたとしても、△悗猟鶲突由であり前提とされているー体が虚構であり法違反であることから無効であり、△悗猟鶲突由としては失格である」と言えると思う。
8、審議会では、センターについては、委員の再三の質問に「議題とは関係ない」の一点張りであったが、廃止が議決されれば、それは即ちセンター容認に連動することは、提案理由の説明から言って明らかである。この点については、井上からも「都市計画審議会での公園とセンターとの関係はどうか」との市民意見を挙げていたが、審議会配布資料には、そこまでのことは書かれていなかった。審議会としてセンター設置に責任が持てるのかどうか、審議会の都市計画上の性格と、センター容認という教育上の課題とが照応せず、別の問題を意図的に混同させる問題を孕んでいたと思われる。「廃止」議決が、=センター建設であることは提案理由からいっても明らかである。広域避難場所という重大な機能が損なわれることも含め、憩いの場・スポーツの場としての公園自体の必要性の有無や程度ということについては、提案理由でも討論でも、主要なテーマにはなっていない。アプリオリというか、初めに「既に廃止されている」ありきの審議会であった。審議会委員長は一貫して「廃止の後の利用は分からない、センターは別問題、関知しない」と、廃止理由をどう読んでいるのか、全く理解に苦しむ発言が続いた。
9、早期実現はみんなの願いである。だから市は大型センター方式だと言うが、根拠はなく精査が要る。むしろ、原則自校方式の小規模分散型の方が、同時併行で早いのではないか。また費用の問題はどうか。「民間のPFIの方が安くつく」との市の言い分だがこれも精査が要る。「安くつく」根拠はどこにあるか。私は「市直営」派であるが、民間への事業費は市からの委託費であり、これは市直営でやっても同じハズだ。では「安くつく+受託会社の利益分」はどこから生み出されるのか。市の委託費から生み出されるしかないとすれば、市の委託費が、直接、会社の利益に直結し、更に安くつく為にはどこかへしわ寄せする以外にない。人件費か、若しくは、どこかの部分の支出削減しかない。そういう運営への疑問がある。更に言えば、完成後の調理や運営等、そもそも教育としての給食事業が営利対象でいいのかどうかとの根本的な問題が横たわっている。市と市教委の、国・文科省言いなり、公務の民間開放路線の検証が必要だと思う。
10、設計もSPCだが、性能発注では、品質確保への危惧はないか。建設資材や運営費用等々、今後の費用負担増加の場合、それは誰が賄うのか、市の追加負担なら「言い値」にならないとの根拠はあるか。常々「公より民間のノウハウ」などと自らの能力を卑下し後退させている京都市に、それらの計算の力や裏付けはあるのか。
11、思うに、11/22の説明文書冒頭にある通り、また/24の決定書でも「移転を機に…跡地活用検討」、更に議会や翌年3/28の都市計画審議会等でも市が言っているが、行財政計画の一環として、既に2021/8月から塔南高校移転後の活用について、特に工業地域であることが強調され、民間活用も含めて検討が続けられてきた。今回、‖膩織札鵐拭爾自校方式かという論点とともに、∋堋庄弔民間かとの論点が設定できるとすれば、市にとってはセンターと民間化は一体で、初めにセンターありき、と言うより、私見では民間大手企業への委託ありき、ではないか。今、京都市では、規制緩和・自由放任に留まらず、立地補助金や減税、誘致企業への優遇、市街化調整区域ですら開発促進、等々、むしろ意図的積極的に大手を応援する政策が進められている。こういう市の一連の産業政策の流れに沿って、民間大手への運営の委託、公務の民間化政策を出発点と考えると、10年も背を向けながら 中学校給食が超特急で動き出したこと、占用許可との経過やその返却の手続きを曖昧にしてきたこと、説明会のいい加減なこと、常識では考えられないような場所を「代替」などと強弁すること、密室で「廃止」を強行した後に都市計画審議会ではそれを金科玉条に「既に廃止されている」の一点張り、廃止理由に挙げながら「センターとは別」への固執、等々、この間の、摩訶不思議な経過の正体が見えてくる。公園廃止はこの拙速な急流の一環であり、いわば市の大手企業優先政策の「いけにえ」の結果ではないか。市にとっては、グランドを含む塔南高校跡地全体を如何に民間活用するか、が本命であって、地域住民にとっての公園や避難場所の意義、スポーツ公園の拡充といったようなことは第一義的なことではなかった。すべて後付けでいい訳をしたりとってつけたような弁解に終始していることの謎が解けた。今回の事例は、公園自体の必要性の有無や程度が、直接の検討対象にされた訳ではない。工場を建てたい、民間大手に運営を任せたい、事業を提供したい、その為に場所が要る、だから廃止だ、と。いわば、市の大手優先の産業政策のあおりを食らったのが、公園であり、避難所を奪われた近隣住民であり、また教育としての給食を奪われた生徒たちだという次第ではないか。公園廃止は、必要ないから、ではない。目的ではなく結果であり、あおりであり、しわ寄せであるというのがコトの真相ではないか、と私は思う。

